スーダン人がスーダン人を支える仕組みが構築されて、外国からの支援なしでもうまく回るようになるのが一番ですよね。
経験は形に残らないので後回しにされがちかもしれませんが、形に残る支援よりも現地の人の役に立つように思います。
これからも他の国々を旅する中で考えていきたいです。
無償で供与することのリスクは正に書いてある通りだと思う。被援助国のオーナーシップを損ねる可能性はある。だけど、カッサラの支援はこれだけでなくて、技術協力という日本の井戸の堀り方や助産の仕方を教えることもしていて、スーダン人でスーダン人を支援できる体制支援もしている。こういった支援はスーダン人の経験として残るけど見えにくいから、外からじゃ分かりにくいけどね。
こんな日本から遠く離れたスーダンで、更に首都から遠く離れたカッサラに日本が多額の支援をしていることを知ってる人は多分余りいなくて、更にそこに行ってみた援助業界外の人は殆どいないはず。この不思議な違和感を是非心に留めてもらって、今後も考えてもらえたら嬉しいです。
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