Rwanda / ルワンダ - 世界ぽろり旅 https://amonkeybb.sakura.ne.jp 日本からぽろりと飛出し、涙をぽろり。耳寄り情報もぽろりします Tue, 25 Nov 2025 01:28:48 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.26 80321178 ルワンダ・タンザニア国境でホセ・メンドーサに会いました。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6948 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6948#respond Tue, 20 Jan 2015 20:00:27 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6948 26/OCT/2014 from Kigali to Kahama 予定よりもかなり長居してしまったルワンダ。 昨日は恒例の血圧測定サービスも無事に実施する事ができたので、今日はいよいよタンザニアに向けてキガリの街を出発 […]

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26/OCT/2014 from Kigali to Kahama

予定よりもかなり長居してしまったルワンダ。

昨日は恒例の血圧測定サービスも無事に実施する事ができたので、今日はいよいよタンザニアに向けてキガリの街を出発します。

 

キガリからタンザニアの国境へ

朝五時発のバスに乗り、キガリのニャブゴゴバスターミナルを出発。

バスは当日でも乗れそうでしたが、私たちは前日にタンザニアのカハマという街までのチケットを買っておきました。(18000フラン)
PA261547
 

キガリから三時間半でタンザニアとの国境のルスモに到着。

バスはここで乗り換えらしく、荷物も全部降ろされました。

ルワンダの出国手続きはあっさり終わり、残ったルワンダフランを全部両替。
レートは1Tsh=0.425RFrでした。
 

異国と異国の国境で働く日本人

ルワンダ・タンザニアのイミグレ間は1200mもあり、かなり歩かなければいけません。

重いザックを背負い、汗だくになりながら歩く。
PA261550

こんな長い徒歩の国境越えは初めてかも。

以前かなり遠いと感じたブラジル・ベネズエラ国境よりも歩いた気がします。
PA261555

しばらく歩いて道がわからなくなったので近くを歩いていた人に英語で道を尋ねると、「タンザニアへはこっちですよ」とまさかの日本語で返事が帰ってきました。

作業着を来てヘルメットを被っていた人に後ろから話しかけたので全然気づきませんでしたが、なんと日本人の方でした。

何でもこの男性はここの国境設備の建設に携わっていて、もう二年もここで働いているそうです。
PA261552

この国境をまたぐ道路は日本とルワンダ・タンザニアが協力して作ったもの。
PA261560

「ルワンダ側とタンザニア側では交通ルールが違うからバンプ(スピードの出し過ぎを防ぐ為の突起)の見た目が違うんだ。面白いでしょ?」

よく見るとルワンダ側はこんなデザイン。
PA261575

タンザニア側はこんなの。
言われるまで全然気付かなかったなぁ。
PA261574

男性はその他にも色々と教えてくれました。

ここで働く前は南米で点々と仕事をしていて、仕事をする傍で旅行もよくされていたそうです。

そして、今回の仕事が終わったら一年ぐらいかけて世界を旅をするつもりだとおっしゃっていました。
 


ルワンダとタンザニアの国境には橋がかかっています。

写真の右側が古い橋で左側が新しく出来た橋。
新しい方は今年の八月に完成したばかりで、古い橋は解体できないのでそのままにされるそうです。

私たちが国境を越えた時は古い方の橋は封鎖されていたのですが、「せっかくだから見せてあげるよ。」と言って古い橋の上へ連れて行ってくれました。
PA261562

その橋からはルワンダの山々から流れてくる水で出来た大きな滝が見えました。
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「例の虐殺の時には、ここに6000体も遺体が流れて来てたんだ。」

そしてあれから20年経った今でも、年間に18体もの遺体がどこからともなく流れ着くそうです。
 

別れ際に、 ”そういえばお名前は?”と彼に聞くと、少し悩んでからこう答えました。

「ホセ・メンドーサ。」

「南米ではそう呼ばれていました。」
 

 

いざタンザニアへ!

ホセ・メンドーサさん(笑)とは橋を渡った所でお別れ。

私たちはタンザニアのイミグレへ向かってさらに歩き、発行料50USドルという高い高いビザを取得し、ぽろり旅17カ国目となるタンザニアへ入国しました。
ちなみに、アメリカ人は100USドルらしいので日本人はまだ安い方かも。

ビザはインクでベタベタのスタンプをパスポートに押して、手書きで”支払い済み”と書かれるだけ。
ほんとにこんなので大丈夫なのかな?

この後でめんどくさい事にならなければいいけど。。
 


タンザニアのイミグレを抜けてしばらく歩くと、キガリからここまで乗ってきたのと同じバス会社の車がやってきたのでキガリで買ったチケットを見せて乗り込みます。

すぐに発車するのかと思ったけど、バスのバッテリー関係の配線が壊れたらしくドライバーが修理を始めました。

アフリカだしまた数時間は待つのかなと思いましたが、意外にも20分ぐらいで修理が終わりバスが発車しました。
PA261580
 


国境を出てからタンザニア側に入ると、途端に道が悪くなりました。

一応舗装されてはいるものの、もう古くなって穴ぼこだらけ。

車はガタガタ揺れるし砂埃がたくさん入ってきます。
 

そしてタンザニアへ入って最初の村を私たちの乗ったバスが通り過ぎようとした時、突然自転車に乗った男たちが猛スピードで追いかけてきました!

手には何か棒のようなものを数本握りしめています。

五分もしないうちにバスは男たちに取り囲まれてしまい動けなくなり、そこでストップ。

そして男たちは外から無理やり窓をこじ開けて、手に持っていた棒をバスの車内に突っ込んできた!!

え!!なになに!!??

驚いて尻込みしましたが、その棒をよく見るとトウモロコシ。

ちょうど昼ごはんの時間だったし一本250シリング(約15円)で安いしで、大盛況。
乗客のほぼ全員が買っていました。

という事で私たちも一本ずつ購入。
PA261584
エチオピアの焼きトウモロコシはどれも焼きすぎで焦げているかカチカチになっていましたが、この焼きトウモロコシはまだ水分が残っていてなかなか美味しかったです。
 

そして穴ぼこをよけながら走り続ける事一時間半。

ようやくまともな道に入りました。
 

 

タンザニア最初の街カハマ。

そこからさらに三時間半。

私たちにとってタンザニア最初の街、カハマに到着しました。
PA261621

バスがターミナルに停まると、山のようにバスの客引きが僕たちの車に殺到!
人の勢いはエチオピアと同じぐらいだけど、こっちの男たちはガタイが良いのでちょっと恐い。
正直バスから降りたくない。

でもバスから降りない事には始まらないので諦めてザックを背負おうとすると、ドライバーのおっちゃんが「危ないから知り合いのバス会社を紹介してあげるよ。客引きは無視して直接そこに行きなさい。」と教えてくれました。

”分かったありがとう。”と言って降りようとすると、「ついでだから店の前までバスを移動させてあげるよ。」と言って、殺到する客引きを轢きそうな勢いでバスを発車させ、バスターミナルの反対側のバス会社のオフィスの前で停めてくれました。

おっちゃんに”ありがとう”と言ってバスを降り、僕たちの次の目的地であるモシの街へ向かうバス会社のオフィスへ入ると、黄色い制服を来たおじさんが「ここのバスは満席だ。あっちのバス会社を見に行こう。」と話しかけてきました。

見た目は真面目そうだけど、若干あやしい。
後でコミッション料を要求してきたりしそうな気もするので、”必要ないからいいよ”と言いましたが、案内したくてたまらないようで何処までもついてくきます。

僕たちがいくつかのバス会社をまわっている最中も勝手に着いてきて説明するおじさん。
彼によると明日発のモシへのダイレクト便はすでに完売。
途中のシンギダという街まで行って、そこでモシ行きのバスを探すしかない事がわかりました。

なので、ひとまずシンギダ行のバスチケット(25000シリング、約1600円)を買ってから宿探しを始めました。

そしてずっと気になっていたおじさんですが、コミッション料を請求する事もなくあっさりと帰って行きました。

ただのいい人だったみたいです。疑ってごめん。笑
 

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その後、お金を降ろそうとATMを探していると日本人らしきバックパッカーを発見。

彼の名前はユウキくん。彼もエジプトからの南下組でした。
ルワンダでは隣の宿に泊まっていたらしいですが、一度も会わなかったなぁ。

たまたま彼も別のバスでキガリからルワンダに着いた所だったので、一緒にお金をおろしてから宿探しをする事になりました。
 

でも、宿と言ってもこの街の情報はガイドブックはおろかネット上にも全くと言って良いほどなかったので、右も左も分からないまま良い宿がありそうな雰囲気のする方へと歩いて行きます。

そして最初に目に入った宿を覗いてみると、清潔感があって意外と良さげ。
蚊帳もテレビもタオルも石鹸もテーブルもある。値段を聞いてみると一部屋12000シリング(800円)とかなりお手頃。宿のおばちゃんも片言の英語でフレンドリーだしここに即決しました。
バスターミナルの目の前から出てすぐの所にある宿です。
PA261588

良い宿が見つかった後はご飯探し。

バスターミナルに並んでいた屋台がさっきから気になっていたのでそこで食べてみる事にしました。
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屋台はたくさんありましたが、どこも似たような感じで売っているのは肉の串焼きとチップス(フライドポテト)と卵焼きとフライドバナナ。

店の男の子は英語が出来なかったので、隣でサッカーグッズを売っていた英語が話せるお兄さんに頼んでチップスとトマトと玉ねぎ入りの卵焼きと、牛肉の串焼きをオーダー。

地元の人はチップス入りの卵焼きに生のトマトと玉ねぎを載せていましたが、卵焼きと一緒に調理した方が美味しそうだったので店の男の子にお願いして作ってもらいました。

どれも美味しかったです。
PA261617
 


という事で無事タンザニアINを果たした世界ぽろり旅。

タンザニア最初の街に入っての印象ですが、まず英語を話せる人がかなり多く感じます。
ただ英語を知っていて片言で話すというレベルではなく、普通に話してもかなり通じる。

そして客引きが恐いぐらいやってくると聞いていましたが、意外としつこくない。
エジプトやエチオピアの方がよっぽど大変でした。

それに売店やレストランで料金表示がない店でもほとんどボラれない。
特に料金交渉しなくても地元の人と同じ値段で売ってくれる。

前調べした時には色々と良からぬ話が書いてあったのですが、実際に来てみるとなかなか良い感じの印象。

これから始まるタンザニア旅も期待できそうです◎

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ルワンダではこんな物を食べていました。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6966 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6966#comments Mon, 19 Jan 2015 21:00:59 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6966 18〜25/OCT/2014 in Rwanda あまりの居心地の良さと考える事の多さに、予定よりも長く滞在してしまったルワンダ。 今日はそんなルワンダで私たちが滞在中に食べていた料理を紹介したいと思います。 ちなみに、 […]

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18〜25/OCT/2014 in Rwanda

あまりの居心地の良さと考える事の多さに、予定よりも長く滞在してしまったルワンダ。

今日はそんなルワンダで私たちが滞在中に食べていた料理を紹介したいと思います。

ちなみに、みなさんはルワンダ料理ってどんなものか想像つきますか?

私たちはルワンダに来るまでは全くイメージがなく、毎日料理が出て来るのをドキドキしながら待っていたのを覚えています。笑
 

ルワンダ名物 ”ビュッフェ”

街のどこにっても見かけるのがワンプレート取り放題のビュッフェ形式のレストラン。

もはやルワンダ名物と言っても過言ではありません。
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取り放題と言っても、肉は制限があって基本的に1個しか取れません。

でもそれが逆に私たちにはちょうど良かった。

肉や炭水化物ばっかりのアフリカ諸国を旅していたので、野菜をたくさん取れるビュッフェはかなり嬉しかったです。
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おすすめはキガリタワーの近く(北側)にある建物の2階にあるレストラン。

料理の種類は豊富だしどれも美味しいし、スープとフルーツまでついていて感動。
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お値段はやや高めでワンプレート20,000フラン(300円ほど)しますが、それでも何回も通ってしまいました。

プレートの8割以上は野菜を取ってムシャムシャ食べていました。美味しかったなぁ。
 

豆と肉の盛り合わせ

豆とサラダと肉or魚をプレートに持った食事。

街中にある安食堂でよく見かけました。

たいていの店ではフルーツジュースも飲めるしボリュームもあって◎
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チャパティ&コーヒー

これは朝食をレストランで食べた時にみんなが食べていたので頼んでみた料理。

チャパティーに煮込んだ豆をかけたもの。
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見た目は美味しそうだけど味がほとんどなくて全部食べるのすらキツかったです。

一緒に頼んだコーヒーはメニューに”スペシャルコーヒー”と書いてあったし日本円で200円ぐらいしたのでかなり期待したのですが、出てきたのは粉コーヒーを水に溶かして砂糖を大量に投入したもの。

何故かおっきなポットに満タンに入れられて出てきて、「これは飲み放題だから好きなだけ飲んでいいよ」と言われましたが、不味くてカップ一杯でも多過ぎるぐらいでした。笑
 

アガトゴ

こちらはルワンダの定番料理。

主にジャガイモ、モツ、トマトを煮込んだ料理で、私たちの食べた物はバナナも入っていました。
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ルワンダでは朝ご飯に食べられるのでレストランでも朝限定。

かなりのボリュームがあって”朝にこんなに食べれる??”と二人で驚いていました。
 

バナナワイン

バナナ好きのルワンダ人。

ワインももちろんバナナで出来ています。
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少し大きめの店ならたいてい置いてあって、緑色の甘くないバナナをそのまま発酵させたような味。

ペットボトルに入っているので寝る前にちょこっと飲むのにちょうどいいです◎
 

ルワンダコーヒー

実はコーヒーが美味しい事で有名なルワンダ。

実際にフイエでコーヒーを豆から作っている店で飲みましたが、この旅のベスト3には確実に入って来るほど絶品のコーヒーでした。
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プロシェット

ブロシェット(ヤギ肉の串焼き)
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青年海外協力隊のぐっさんと丘の上にある教会に行き、その近くのレストランで食べました。

日によって何が出て来るのかお楽しみですが、私たちは腸やレバーなどレアな部位も食べる事ができました。

臭いのかな、とドキドキしながら食べましたが、全然臭くない!

やっぱり新鮮な物はやっぱり美味しい。歯ごたえも良くてぺろっと平らげました!
 

ウサギ肉

こちらもぐっさんのオススメで連れて行ってもらったレストランで食べました。

ウサギ肉はルワンダではポピュラーな食材で高級料理。

ぐっさん曰く、ウサギは注文が入ってから絞めるそうで、時折死に際のウサギの悲鳴が聞こえるそう。。

「ピーッ!!」っていう音が聞こえたらそれです。

私たちもビクビクしながら耳をそばだてていましたが、幸い私たちの耳には届いてきませんでした。

PA231423

味は噂に聞いていた通り鶏肉みたいな味です。

でも地面を這うニワトリと違って肉に弾力があって、この筋肉で跳んでるんだなぁという感じがしました。
 


という事で、意外にもバリエーションが多かったルワンダ料理ですが、ビュッフェがバランスよく栄養を取れるので断然オススメです。

あとはやっぱりルワンダコーヒー。

めちゃくちゃ美味しいのでルワンダに行かれた際は是非飲んでみて下さい◎

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ルワンダ人が殺到して大混乱!!キガリの街で血圧測定サービス。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6624 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6624#comments Mon, 19 Jan 2015 03:25:32 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6624 25/OCT/2014 in Kigali だいごろの熱も半日ですっかり下がり、ルワンダを離れる日も近づいてきました。 という事で今回もやります。せかぽろ恒例の血圧測定サービス。 キガリにあるバスターミナルの片隅に良い場 […]

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25/OCT/2014 in Kigali

だいごろの熱も半日ですっかり下がり、ルワンダを離れる日も近づいてきました。

という事で今回もやります。せかぽろ恒例の血圧測定サービス。

キガリにあるバスターミナルの片隅に良い場所を見つけたので、さっそく始めてみます!!
 


これまでの世界ぽろり旅で血圧測定したブログ記事一覧は以下のリンクから。
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

「世界の国で血圧測定サービス実施中!」

↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑↑

 

さて、いつも通り「無料で血圧測ります!」の紙を持って待っていると、今回は開始早々人がわっと押し寄せてきました。しかも大人気でいつまで経っても人が途切れない。
PA251646

「無料で測ります」と書かれた紙は一人目を測り終えた時点で不要になってしまいました。

人が集まりすぎちゃったから。
 


一人測り終わると、測定結果を告げる間もなく周りの人が勝手にその人の腕帯を外して我先にと自分の腕を突っ込んできます。

次は俺だ!!
みんな力づくでやってくる。ものすごい勢いで圧倒される。遠慮の欠片もない。

あぁぁー、引っ張らないでー!!

ちょっと恐いと感じるほどです。

これまでの血圧測定サービスでこんな事になった事なかったのに。
 

その後も混沌としたまま測り続けます。
PA251645

女性はエジプトやスーダン、エチオピアと同じくこの国でも少なめ。

遠巻きに測りたそうにしている女性がいたので、目で合図を送ってみます。

すると「測ってほしい。」という女性が何人か出てきました。
PA251651

こちらは赤ちゃん連れの女性。
PA251653

他にも何人か女性が勇気を出して近づいてこようとしましたが、「俺が先だ!」と言って譲らない男性もいて大変でした。
 


今回血圧測定してみて改めて思ったけど、やっぱりルワンダの人はみんな英語が全然喋れない。

こっちから英語でいろいろ説明してるんだけど何も伝わらない。

でも”お医者さんに行ってね”、と言ったところで医療費は高すぎてみんな行けないんだろうな。

お医者さんに行けないからこそ、私たちの血圧測定サービスがこれだけ盛況になるなんだと思います。
 

地元の人が喋るのはキニアルワンダというローカル言語。

政府は公用語を英語にしてるけど、ケニアやウガンダに比べると喋れる人はまだまだ少ない。

しかも、少し前まではフランス語を公用語にしていたので、なかなか英語が浸透していない。

40代ぐらいの人はフランス語ならしゃべれるけど‥、という人が多かったです。
PA251658

正直、ルワンダの人たちはもっと英語が喋れると思ってた。

レストランや宿には少し話せる人もいるけど、一般人になると難しいみたい。

公用語がフランス語になったり英語になったりして国民も混乱してるんだろうな。
 

それにルワンダの人はイエスの意味で「エェェ」と言うんだけど、イエス・ノーじゃない質問でもとりあえず「エェェ」と言ってしまう。

例えばレストランで ”What kind of drinks do you have?” と聞いてみても、答えは「エェェ」。

”Pardon?”と聞き直しても、「エェェ」。

売店で “How much is this?” と聞いてみても、答えは「エェェ」。

だめだこりゃー。

分からないなら分からないと言ってほしい。

でも、綺麗好きなところと言い、曖昧に返事しちゃうところと言い、何となく日本と近いものを感じてほんわかします。笑
 


さて、話は戻って血圧測定も終盤。

まだまだ人は次から次へとやってきます。
PA251649

こんな勢いで押し寄せてこられたら、どうやって店仕舞いしたら良いのか分からなくなります。

どうしようどうしようと思いながら、気付いたらもう1時間半も測りっぱなし。

後ろで待っている他の人たちには申し訳ないけど、だいごろも病み上がりだしここはキッパリ言ってしまおう。

“もう帰る時間だからこの人でおしまい!!”

みんなに向かって一言そう告げると、意外にもあっさりと人々は立ち去っていきました。
 

私たちに時間制限があることが分かっているからこそ、あれだけ激しい腕帯の奪い合いになってたのかな?

血圧測定するまではルワンダの穏やかな一面しか見てなかったので、こんな荒々しいところもあるのを知って驚き。

今回も、国民性がちょっとだけ分かった血圧測定サービスでした。

つづく

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パトカーをヒッチハイクしてルワンダの国民的行事を乗り切るべし。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6622 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6622#respond Sun, 18 Jan 2015 02:50:45 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6622 25/OCT/2014 in Kigali 今日は一ヶ月に一度のルワンダの特別な日。 国民全員が働くことを許されず、車に乗って移動することも許されず、とある事をしなくてはいけない日。 政府によって定められた日。 &nbs […]

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25/OCT/2014 in Kigali

今日は一ヶ月に一度のルワンダの特別な日。

国民全員が働くことを許されず、車に乗って移動することも許されず、とある事をしなくてはいけない日。

政府によって定められた日。
 

その名も”ウムガンダ”と呼ばれる日に国民全員で行うある事。

それは”掃除”

ルワンダはアフリカのシンガポールを目指しているそうですが、ここまでやるのならあながち不可能ではないのかもと思わせるほどです。

という事で今日はそんなルワンダの国民的行事が行われた日のキガリでのお話です。
 


 

どうも今日は朝から調子が悪い。

頭が熱っぽい、というかかなり熱がありそう。

アフリカ滞在中は「発熱=即病院」と決めていたので、重たい体を起こして宿の外へ出ると、そこにあったのは驚きの光景。
 

昨日まで凄まじい交通量でごった返していた大通りに車が一台も走ってない!!

ていうか昨日まであれだけ走りまくってたチャリタクとバイタクは???
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ちなみに昨日の同じ時間の同じ場所はこんな感じでした。
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PA251590

それが突然この有様。
PA251599

バスに乗りたいのに車どころか人もほとんどいなくて愕然。。

そういえば協力隊の俊輔くんが月末に大掃除があるって言ってた気がする。。
 

呆気に取られながらも抜け殻になった街をよくよく探してみると、チラホラ人がいた。

近づいてみると全員ほうきを持って…掃除してる!!
PA251626

こっちも!
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こっちでも!!
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これまでの滞在中も綺麗好きの国民性をまざまざと見せつけられてきましたが、ここまで本気だったとは。。
 


驚きを隠せず呆然としていた私たち。

でもこれが国民的行事だろうが政府の命令だろうが、病院へは何としてでも行かせて欲しい。

”ごめん掃除中に…”と言って数人に聞いてみましたが午後になるまでバスは無いらしく、「バイタク・チャリタクも絶対に来ないよ!」と言われてしまいました。

半分分かってて聞いたんだけど、やっぱりだめっぽい。。
PA251608

こうなってしまってはどうしようもない上に、無駄に歩き回ったせいで熱は上がる一方。

だんだん頭がフラフラしてきたので、うつむいて道端に座り込んでしまいました。

”ごめんきっこ。後は任せた。”

そう言うときっこは、”任せたって言われても。。” と言いながら向こうの方へと歩いて行きました。
 


そして数分後。

”だいごろ!車見つかった!!”

え?車?どこ??

そう思って顔を上げると、そこに停まっていたのは一台のパトカー。

なんときっこは街を巡回していたパトカーをヒッチハイクして来ていました。笑

”えっ?これパトカーやん!!”

驚いて聞いてみると、パトカーに乗っていたお偉いさんにお願いしたら、僕が病気だしウムガンダ中という事で特別に乗せて行ってもらえる事になったそうです。
 


助手席に二人で乗り込むと、掃除をしている街の人が訝しげな表情でこっちを見てくる。

僕たちが連行されていると思ってるのかな?
 

パトカーにはドライバー1人と、後ろの荷台に銃を持った警官が1人。

”写真撮ったら怒られるかな??”

テンションが上がっている僕ときっこは車の中でそんな相談をしていましたが、座席の横に手錠が転がっていたのを見てやめました。笑
 


そして警察の人はわざわざパトロールルートとは関係ない私立病院の前まで乗せて行ってくれました。

お礼を言って車を降りると、病院はビックリするほど綺麗!
これまでスーダンやエチオピアでかかった病院とは雲泥の差だ。
PA251639

でも綺麗なだけあって医療費はかなり高額。

診断料が16,000Frw(約2500円)で、それにさらに血液検査や薬代が追加され、合計で大体50,000Frw(約8000円)ぐらい。日本で暮らしていた私たちですら、海外旅行保険に入っていなければためらうぐらいの金額。

医療費は保険証を持っていれば50%負担されるらしいけど、それでもかなりの高額。確実にお金持ちしか来れない病院です。
 


先に血液検査をしてからドクターの部屋へ呼ばれると、検査結果は問題なし。

炎症を起こしているだけで、全ての病気の初期症状とも言えるし、ただの疲れかもしれないとの事でした。

なので炎症止めだけもらって経過を見る事になりました。
PA251633

診察結果を聞いて安心して帰ろうとすると、どうもドクターが私たちに興味心身らしく、職業や出身地などについて次から次に質問攻め。

しまいにはシンジカガワは好きか?私はマンチェスターユナイテッドの大ファンなんだという話に。

そういえば今日はスペインリーグの伝統の一戦[エル・クラシコ]が開催されるはずだったので、

”クラシコは今日の何時から?”と聞いてみると、

「すぐ調べるからちょっと待って!!」と言って、ドクターは慌ててパソコンでネットサーフィンを始め出した。笑
 

そしてしばらくして、「試合は今日の夕方6時からだ。」と教えてくれました。

「ちなみに君はどっちをサポートしてるんだ?」と聞かれたので、”バルセロナ”と答えると、そこで突然彼の顔色が変わりました。

少しの間沈黙が流れます。
 

そして、彼はまるで重傷の患者に余命があとわずかな事を伝えるかのように十分な間をとってから、重たい口を開きました。

「私はマドリードだ。」

”…”

「そして今、この時点から私と君は敵同士。だから今日の診察はもう終わりだ。じゃあ。」

そう言って彼はカルテを閉じて診察を終えようとしましたが、僕はすかさず

"クラシコの前に処方箋だけはちょうだい"と言うと、

彼は笑って処方箋を書き、「今日、ルワンダ時間の午後6時。サンチャゴ・ベルナベウ(レアルマドリードのホームスタジアム)で会おう。」

と言ってくれたので、僕は”もちろん!”といって診察室を後にしました。
 


処方箋を持って薬局で薬を買って飲むと、直ぐに体調は回復し始めました。

でも以前エチオピアで低血糖になって倒れた事があったので、念のためにメントスを買って糖分補給。

と思ったら、メントスがマトリョーシカみたいになってました!
なんだこれは??!
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夕方になるとようやく車通りが増えてきました、

と思ったらなんだこれ!
どうなってるの??!
PA251587

ルワンダ…。

なかなか先が読めない国です。
 


そしてドクターとの約束通りBARでクラシコ。
病み上がりなのにかなり盛り上がってしまいました。
PA261534

試合が終わり街へ出て気付いたのは、道路に埋め込まれたライト。
アフリカに入ってからこんなの見たの初めてです。
PA221582
まだまだ至らない所はたくさんあるけど、本当にアフリカのシンガポールになりそう!と思ってしまうのは僕だけでしょうか?

 


という事で月に一回ルワンダで行われる国民的行事”ウムガンダ”。

くれぐれもこの日だけは体調を崩さない事をお勧めします。笑
PA221594

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隣人を殺そう。聖なる場所で繰り返された大量虐殺。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6619 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6619#comments Fri, 16 Jan 2015 20:00:26 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6619 24/OCT/2014 in Ntarama & Nyamata ルワンダ各地に残るジェノサイドの傷跡。 今日訪れるのはどちらも虐殺のときに教会として使われていた場所です。 まずはキガリからニャマタへ向かうバス […]

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24/OCT/2014 in Ntarama & Nyamata

ルワンダ各地に残るジェノサイドの傷跡。

今日訪れるのはどちらも虐殺のときに教会として使われていた場所です。

まずはキガリからニャマタへ向かうバスを途中で降り、そこから自転車タクシーに乗ってこの近くにある二つの教会を目指します。
PA241563

でもこの自転車タクシーがめちゃくちゃ怖かった…。

自転車を漕ぐ度に右に左に車体が揺れるし、田舎道ではボコボコの道でスリップしそうになるし、大きな道路にでると大型トラックがすれすれですれ違って行くし、終止冷や汗が止まらない。

だいごろは私よりも体重が重いのに漕いでくれたのが子供だったから、左右の振れが多きくてかなり大変だったみたいです。

みんな優雅に乗ってるんだけどなぁ。。笑
PA241887copy
 

のどかな風景が続く田舎道。
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たくさんのバナナを運ぶ男性。ルワンダの人々の主食です。
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マンゴーをとる子供たち。
私にも分けてくれたけど、熟れてなくてちょっと苦かった。。
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そんな穏やかな村で悲劇が起こった場所はなんと教会。
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このレンガ造りの小さな建物がその”ンタラマ教会(Ntarama Church)”です。
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キリスト教徒が多いルワンダ。

フツ族が自分たちを殺しに来ることを恐れた多くのツチ族は教会に逃げ込みました。
 

教会は神様に一番近い場所。

教会に行けば、神様が守ってくれる。

フツ族も神様の目の前で自分たちを殺す事はできないはずだ。
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でも現実は違いました。

教会に逃げ込んだおよそ5千人。

その全てが殺されてしまいました。

 


撮影禁止なので写真はありませんが、教会の中にはたくさんの遺骨と衣類が残されていました。
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ずらりと並んだ頭蓋骨をよく見てみると、残虐な殺され方をしているのが見て取れます。

マチェーテ(ナタ)で割られていたり、銃弾の跡が残っていたり、槍で刺された跡が残っていたり。
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子供たちは振り回され壁に頭を打ち付けられて死に、女性たちは複数の男性にレイプされた後に2mほどもある長い棒を恥部から肩まで突き通されて死んだそうです。

壁には子供たちの頭が叩き付けられた血の跡が今でも残っていました。

教会の中には生き残れると信じて子供たちが持ち込んだ教科書が置かれていましたが、その教科書が使われる事は二度とありません。
 


 

そしてもう一つの教会は先ほどのンタラマ教会から自転車で30分ほどのところのニャマタという村にあります。
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教会の入口の鉄格子のドアと床には手榴弾で破壊された跡。
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このニャマタ教会(Nyamata Church)にはおよそ一万人のツチ族の人々が避難していましたが、フツ族の持つ強力な武器を前になす術無く次々に殺されてしまったそうです。

また、虐殺が行われるまでの短期間にこれだけの武器を一般人だけで用意するのは現実的には不可能。

ルワンダ政府が大量の武器をフツ族へ供給していたのです。

そして、ルワンダ与党幹部数名は終身刑の有罪判決を受けています。
 


 

教会内部は撮影禁止なので写真はありませんが、教会の椅子の上には大量の衣類が残されていました。

虐殺直後は足の踏み場もないぐらいの遺体で埋め尽くされていたそうです。

この教会に1万人もの人々が避難していたというだけでも信じられないのに、一人残らず皆殺しにされてしまったなんて…。
 

この教会の中には小さなマリア様の像があり、今は抜け殻となってしまったたくさんの衣類を見つめていました。

このマリア様の力を以てしても、ツチ族の人たちを守る事はできなかった。

マリア様の像も虐殺のときに傷を負っていて、その表情は悲しみに満ちているように見えました。
 


 

ところで、ツチ族とフツ族の違いって何だと思いますか?

諸説ありますが、この教会のガイドによると昔は牛の数で決められていたそうです。

牛を10匹以上所有している人はツチ族、10匹未満の人がフツ族。

牛が10匹よりも増えればフツ族はツチ族になり、逆に牛の数が減ればツチ族がフツ族になる事もあったそうです。

だから民族の区別は曖昧だった。
 

でもベルギー人がルワンダを植民地化したとき、ツチ族とフツ族をきっちり区別し、それを利用して国を治めることを考えたそうです。

「中程度の背丈とずんぐりした体系を持ち肌の色が比較的濃い者」をフツ族、「痩せ型で鼻の高く長身で肌の色が比較的薄い者」ツチ族と決めつけました。

そして身分証明書を作って民族意識を高め、「優秀な」ツチ族に国を治めさせ、税金や教育面で優遇するようになります。

これって本当に酷いやり方だと思います。

フツ族が反感を抱くのも当然のこと。

そして民族は対立するようになり、大虐殺が起こった1996年よりも遥か昔、1950年代からツチ族への差別や虐殺は始まっていたそうです。
 


教会の横にあったのは一人の女性のお墓。
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1994年の大虐殺が起こるより前の1992年。

同じようにツチ族が虐殺に会いそうになって教会に避難したそうです。

そのとき彼らを守ったのがイタリア人の”Antonia Locatelli”という女性。

自らを犠牲にして多くのツチ族を保護したそうです。

ツチ族の人たちはそのことを知っていて、もう彼女はいないけどこの教会に行けば神様が守ってくれると考え、1994年の虐殺のときにもみんなこの教会に逃げ込んだそうです。

でも、もう彼らを守ってくれる人は誰もいませんでした。
 


 

教会の裏庭には共同墓地がありました。

「中に入ってみてください。」

ガイドが開けたドアの先にあったのは地下へと続く階段。

物々しい空気を感じながら薄暗い墓地の中に入ります。
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階段を降り切った所でようやく目が慣れてきて、そこがおびただしい数の遺骨で埋め尽くされていることに気付きました。

「この墓地には、5万人もの人たちが眠っているんだ。」

それはまるで映画のワンシーンのような、私たちにとってはあまりにも現実離れした光景でした。

これまでたくさんの虐殺の現場を目にしてきましたが、未だにうまく頭が現実を受け止めてくれません。

そして虐殺から20年経った今もなお、新しい遺骨が見つけられてここに持ち込まれることがあるそうです。
 

「これだけの証拠があっても、この虐殺が起こったということをまだ認めていない人も世界にはいるんだ。」

「この悲しい現実を受け止めて、あなたたちの国の人々にも知らせて欲しい。」

ガイドの男性は真っすぐな目で私たちにそう訴えました。
 


“Never again”

もう二度と起こってはいけない。

ルワンダを旅していて何度も目にした言葉。

虐殺が起こった現場には必ずこのメッセージが残されていたし、私自身も訪問者ノートに書いた言葉。
 

でも、起こるよ。

絶対起こる。

だからその言葉を見る度に胸が痛んだ。

今だって世界のあちこちで起こってる。

虐殺とは言わないかもしれないけど、日々戦い殺し合ってる人たちがいる。

この先も資源や食料が尽きたら、人は人を殺して力づくでそれらを奪う。

太古の昔からそうやって部族同士が殺し合いをして領土を広げてきたし、今になっても何も変わらない。
 

ツチ族とフツ族の緊迫感が生まれたきっかけも生活難からだった。

肥沃な土地を持つ国ルワンダ。

でも虐殺の前にはアフリカで最も人口密度の高い国となり、農国民の6人に1人が飢えに苦しむ状況となった。

生活が苦しくなり、一部のフツ族はツチ族さえいなくなれば自分たちの生活が向上すると考えるようになった。

そしてメディアを利用してその考えを煽った。

そういう感覚をみんなに植え付け、虐殺の計画を入念に練った。

民兵を組織し、武器を大量に準備し、密かにツチ族をリストアップした。

キガリ市内のツチ族を20分に1000人ずつ殺害する計画を立てたのは、虐殺が起こる3ヶ月も前のこと。
 

そして大虐殺が起こってしまった。

識字率の低い国民にとって唯一の情報を得る手段だったラジオ。

それを使う事によってあっという間に国民は洗脳された。
 

誰だって死ぬのが怖い。

他人が死ぬよりも、自分が死ぬ方が怖い。

「こいつを殺すか、自分が殺されるか選べ」と言われて、後者を選べる人なんてほんの僅か。

そして、隣人は隣人を殺した。
 


 

お互いをよく知っていれば紛争は起こらない。

そう思ってた。

でも、ツチ族とフツ族は小さな国ルワンダで一緒に暮らしていた。

近所に違う民族が暮らすことも当たり前だった。

お互いのことはよく知っていたはず。

それでも、虐殺は起こってしまった。

大衆心理を利用し、周到に準備された策略によって。
 

今の世界とこれまでの歴史を見渡してみると、それは私自身の身にも十分に起こり得る事だと思う。

そしてなぜ虐殺が起こってしまうのか、それは今回の旅を通して何となく分かってきた。

でもどうすれば虐殺を防げるんだろう?

ルワンダを出てからもずっと考えてきたけど、私には難しくて全然わからない。

でも一つ気づいたのは、ラジオしかなかった当時のルワンダとは違って今は情報を得る手段が多様化しているという事。

いろんな角度から情報を集めて真実を見極めることができれば、行き過ぎた考えを抑制する力になるかもしれない。

だから私にできることは、自分自身が少しでも世界に目を向けて、世界の人たちと話して、世界を知ること。

それぐらいしか思いつかないけど、心に留めて続けて行こうと思う。

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ルワンダ式サウナと殺したての絶品ウサギ肉。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6614 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6614#comments Thu, 15 Jan 2015 20:00:54 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6614 21〜22/OCT/2014 in Nyamagabe ムランビの虐殺メモリアルを後にした我々が向かったのは、ニャマガベにあるとある高級ホテル。 ぐっさんによると、なんとこの中にサウナがあるらしいのです! ”ほんとかなぁ […]

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21〜22/OCT/2014 in Nyamagabe

ムランビの虐殺メモリアルを後にした我々が向かったのは、ニャマガベにあるとある高級ホテル。
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ぐっさんによると、なんとこの中にサウナがあるらしいのです!

”ほんとかなぁ?”と言いつつも、まさかこんなルワンダの山奥の村でサウナに入れるとは思ってもいなかったのでテンションが上がる私たち。ぐっさんも行きつけだそうです。
 

まずは入口でお金を払ってから、更衣室へ。
高級ホテルのサウナと言っても、一人たったの1,000フラン(約150円)。
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そこでルワンダの女性がよく街で来ているカラフルな布を渡されるので、服を脱いでその布を体に巻いて準備完了。
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サウナに入ってみると中には電球が一つ。
しかも結露対策に軍手みたいな物がかぶせてあるのでほとんど真っ暗で何も見せません。

「すぐに目が慣れて来るから」

常連のぐっさんは中の構造を把握しているらしく、さっさと奥の方へと入って行きました。
 

私たちが最初のお客さんだったので、まだサウナの中はひんやり。

だんだんと目が慣れて来ると、サウナの中がぼんやりと見えてきました。

前方に炭を燃やす暖炉みたいなものがあって、それを取り囲むようにひな壇のようになっています。
日本のサウナと同じようなイメージ。

そして、従業員が炭と湿った葉っぱを大量投入すると、暖炉から良い香りのする蒸気がもわもわと立ちこめてきました。

そしてみるみるうちにサウナの中は熱々に。

ちょうどホテルへ来るときに夕立に降られていたので、雨で冷えた体が一気にあったまります。
 

あまりの気持ちよさに寝てしまった私たち。

サウナに入って1時間ほどすると、地元のおじさんやおばさんたちが次々にやってきました。

どの人も恰幅の良い人たちばかりです。
こんな高級ホテルのサウナに来れるという事はお金持ちなのでしょう。
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その後シャワーを浴びてスッキリした私たちは、ぐっさんオススメのウサギ肉が食べられるというレストランへ向かう事に。
 


ほっかほかになってホテルの外へでると、そこには今日の夕食を探すストリートチルドレンたち。

寝床もないので朝までこの辺りをうろついているそうです。
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サウナの中にいた裕福な人々と街を彷徨う子供たち。

昨日の公立学校と私立学校もそうでしたが、こんな小さな村ですらものすごい経済格差がそこらじゅうで見受けられます。
 


レストランは街の外れにありましたが、お客さんで賑わっていました。

見晴らしのいいテラス席に座ると、沢山の丘にポツポツと灯りが輝くルワンダならではの夜景が広がっていました。

ウサギ肉はオーダーを受けてから絞めるので時間がかかるらしく、ぐっさんとお互いの人生の事を話しながら気長に待ちます。
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しばらくすると、遠くから雨の音が聞こえてきました。

そしてその音がだんだん近づいてきたと思ったら、目の前のテラス席の上に雨が降り、そして次に私たちの頭上に雨を降らせてから反対側へと通り過ぎて行きました。

その間わずか10分ぐらい。
雨が右から左へと自分の上を移動して行くのなんて日本では体験した事がなかったので、すごく不思議な気分でした。
 


さらに待っていると、今度は突然停電して村全体が真っ暗に。
さっきまで見えていた向かいの丘も全て停電しています。

しばらく暗闇の中でじっとしていると、向かいの丘の一部がパッと明るくなりました。
そして今度は別の場所がパッと明るくなり、また別の場所も明るくなる。
最後に自分たちのいる所の灯りがつきました。

パッ、パッ、パッと順番に山々が明かりが灯っていく様子もまた、夢の中の出来事のような不思議な光景でした。
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そして注文してから待つ事1時間半。(長っ!!笑)

ようやくウサギ肉の登場です!

まず運ばれて来たのはお湯の入ったピッチャーと石鹸。
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ウサギ肉は手で食べるのがルワンダ流で、食事前は必ず手を洗うそう。
なので、これが出て来たということは、間も無くウサギ肉がやってくるということなのです。

そしてこれが絞めたてのウサギ肉。
鶏肉みたいで臭みもありませんが、やや弾力があります。
上に載っている玉ねぎとマヨネーズと一緒に食べると絶品でした!
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ぐっさんは僕と同じくスノーボード好きだったりもして話は尽きず、美味しいビールとともに夜は更けて行きました。
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次の日の朝。

どこからともなく聞こえてくるにぎやかな音楽。

寝ぼけ眼をこすりながらリビングに行くと、グッさんが淹れたてのコーヒーと朝食を用意してくれていました。
朝から感激です。ありがとう!
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そして、食後もしばらくゆっくりさせてもらってからお世話になったぐっさんに別れを告げ、バスターミナルへ。

村にあるスピーカーからはラジオが流れていて、音楽やプロパガンダが放送されていました。
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朝起きたときに流れていた音楽はどうやらこのスピーカーからだったようです。
 

ラジオ放送は虐殺をルワンダ全土に拡散するツールとしてかなりの効果を発揮したと言われています。

当時はこのラジオからも虐殺を進める為の放送がされていた事でしょう。
 


キガリへと戻るバスのチケットを買いにバスステーションに行くと、なんと今日のチケットは14:30の分まで全部売り切れだといわれました。

今はまだ朝の9時。
キガリまでは本数がかなり多いからぐっさんが余裕で取れると言っていたバスが、まさかの5時間半待ち?!

びっくりして辺りを見回してみると、バスターミナルは学生だらけ。
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”何でこんなに人がいるの?”と学生たちに聞いてみると、今日から学期の間の長期休みが始まるので、全員が実家へ帰るためにバスターミナルに詰めかけているそうなのです。

そんな年に数回しかない帰省ラッシュのピークに巻き込まれてしまうとは運が悪い。そういえばエチオピアでも同じような事があったような。。。
 

という事で、ここニャマガベであと5時間半も待たなければならない事になりました。

待つと言っても特に何もない村なので、村の人々の様子を眺めたり村人と話したりして待ちます。

 


そして14時半。
予定通りのバスでフイエ(旧ブタレ)へ。

なだらかな山々の中を快調に飛ばすバスが駆け抜けます。

畑の中に見える池はティラピアの養殖池。
その上にある細長い箱はウサギの飼育箱だそうです。
なんでもウサギの糞をティラピアのエサにしているんだとか。
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私たちが昨日食べたようなウサギたちがぎゅうぎゅう詰めにされて飼育されているそうです。
 

畑の中にたくさん見えるこのオレンジ色の服を着て作業をしている人々は虐殺のときに加害者となった人たち。
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虐殺の加害者として服役している囚人たちは、被害者に目に見えるように刑務所外での作業させられるそうです。
 


ニャマガベとキガリとの中継点にあるフイエの街へは30分ほどで到着。
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まずは俊輔くんとぐっさんに教えてもらっていたパナマ人が経営しているというルワンダ・コーヒーの店を探します。

場所が全然分からなかったので街にあったホテルのスタッフに聞いてみると、「ちょっと待って!」と言ってからホテルで食事をしている男性と話し始めました。

そしてしばらくして戻ってくると「彼が今から車で連れて行ってくれる事になった。」と言って、私たちに一人の男性を紹介してくれました。

話してみると彼はマリオという名前で、パナマから来たと言います。

”え!?もしかしてあなたがコーヒーショップのオーナーなの??”
と聞くと、「いやいや、俺はただの設立者でオーナーは別にいるんだ。
ちなみに横にいる彼はコーヒー農家の経営者だよ。」と言って、隣にいたルワンダ人を紹介してくれました。

「ちょうど今から店に行く所だったから一緒に乗って行きなよ。」

まさか探していたコーヒー店の設立者にホテルでばったり出くわすとは思ってもみなかったので、びっくり。
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二人と一緒に彼の車に乗り込むと、座先の下には散乱するコーヒー豆が。
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そしてこちらが彼の立ち上げたルワンダコーヒーの店 “Cafe Conection”
マリオさん自らロースターの使い方を解説してくれました。
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ローストする前の豆がぎっしり置かれた店内。
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ローストしたルワンダコーヒーは凄く良い香り。
ちなみにここフイエのルワンダコーヒーは世界的にも有名です。
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そして手慣れたスタッフがローストしたての豆でコーヒーを淹れてくれました。
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そして出てきたコーヒーを一口飲んで感激!

酸味は少なめでほどよい苦味。シャープな香りで楽しませてくれる正統派コーヒー。
値段はブラックのスモールカップで200フラン(約30円)
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このコーヒーはコスタリカで虜になったモンテベルデのコーヒーにはかなわないまでも、コロンビアやエチオピアで毎朝飲んでいたコーヒーよりもはるかに美味しかった。

その後はコーヒーの余韻にまだ夢見心地のままキガリへ向かうバスへ。

快適な道を2時間半きっちりで走り、再び見慣れたキガリの街へと戻りました。

明日は虐殺の行われた傷跡の残る教会を巡ります。
 

おわり

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22/OCT/2014 in Nyamagabe

今日は朝からバスに乗って、ルワンダ南部のニャマガベ(旧ギコンゴロ)という村へ向かいます。

バスから見えるのはのどかな農村の風景。
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車内に流れていたラジオ放送は最初から最後までサッカーのイングリッシュ・プレミアリーグに関するトーク番組。僕はサッカーが好きなので凄く興味深くて、ずっとその話を聞いていました。現地語だったのでチーム名と選手名ぐらいしか聞き取れませんでしたが。笑

途中フイエ(旧ブタレ)の街でバスを乗り換えて、キガリから三時間ちょうどでニャマガベのバスターミナルへ到着しました。
道も綺麗だったしバスも快適だった。
 


ニャマガベは小高い丘がいくつも続く景色の中にある小さな村。
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ここで20年前に起こった悲劇。
その現場をこの目で見るためにやってきました。

ちなみにニャマガベの街は以前はギコンゴロと呼ばれていましたが、虐殺の後に地名が変更されています。国民たちの辛い記憶への配慮もあっての事だそうです。
 


バスターミナルからバイクタクシーに乗る事数分。
この村で青年海外協力隊として活動している”ぐっさん”と合流しました。

ぐっさんはとても気さくでキガリ隊員の俊輔くんと同い年です。
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ぐっさんの勤務先はニャマガベにあるこの学校。

学校は公立ですが敷地はかなり広く、小・中・高の建物が一箇所に集まっていました。
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まずは職員室に行って校長先生に挨拶。
エチオピアの小学校の職員室には机すらなかったのに、この小学校は設備が整っています。
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黒板には授業のスケジュールがみっちり。
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それもそのはず、ルワンダでは小6、中3、高3で国家試験を受けることになっているのです。しかも落ちたら留年。

日本の教育に比べてもはるかにレベルが高く、みんな必死で勉強しています。
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でも政府が設定したレベルが高すぎて、着いて来れない生徒が続出しているそうです。

理想が高過ぎる国と現場との温度差。

先生たちも苦しんでいるようでした。
 


ここに通っている学生は小さな子供から、20代まで。
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子供たちの給食は毎日変わらず煮豆・煮バナナ・芋でウガンダのご飯と似ています。
毎日食べてたら絶対に飽きるんじゃないかと思ってしまうけど、彼らは飽きずに同じものを食べています。

聞いた所によると、子供の9割は給食代の4000フラン(500円)が払えなくて、朝昼なし・夕食一食のみの学生がほとんどだそう。
きっとみんなと食べる毎日の給食が楽しみで仕方がないから、同じ物だって何だって美味しいんだろうな。
 

キガリに滞在していた時は恰幅のある人も多く、みんなワンプレート取り放題のレストランで山盛り食べていました。だから朝ご飯・昼ご飯抜きで生活している人がいる国だなんて全く感じなかったけど、実際に住んでいる人と話していると違った一面が見えるから驚いてしまいます。

言われてみればこの村の人たちは確かに痩せてる人が多い。
私たちの訪れた公立学校では一日一食の痩せ細った子供たちがたくさんいる一方で、そのすぐ隣にある私立学校に通っている子供たちを見ると太った子ばかり。
貧富の差の大きさを目の当たりにさせられました。
 


ちなみにこの学校の学費は年間6000フラン。
それが払えなくて、気づいたら除名される子もいるそうです。

だから子供の頃には学校に通えず、お金が払えるようになってから高校に来ている生徒もたくさんいます。
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それでも生徒たちは学校に来るのが楽しそう。
勉強は好きじゃない子もいるみたいだけど、友達と一緒に勉強している子はみんな楽しそうでした。
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政府の行き過ぎた教育改革がどう転ぶのか?
アフリカのシンガポールへになれるのか?

全てはルワンダの将来を担うこの子供たちにかかっています。

 


しばらく学校を見学させてもらった後、ぐっさんは近くの村で始めた養鶏ビジネスの進捗を確認しに行くので、私たちはその間に村にあるとある場所へ。
 

小高い丘の上に見えてきたムランビ技術学校。

20年前に悲劇が起こった場所です。
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ルワンダで虐殺が始まった頃、危険を感じたツチ族の人々は教会の司祭と市長の提言によってこの村にある学校へ避難しました。

その数およそ7万人。

しかし、そんなツチ族の人々が水や食料などのライフラインを断たれた後に一夜にして大虐殺されたのです。
 

事件が起こった1994年4月21日の夜に殺害されたと言われているのはおよそ5万人。学校から逃げた残りの人たちも追いかけられてほぼ全員殺されました。恐ろしい数字です。

しかしさらに驚くべき事に、なんとこの大虐殺はたったの3時間という短い時間で行われたそうなのです。

しかも虐殺に使われたのは主にナタやハンマーといった原始的な凶器ばかり。
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こんなもので5万もの人をたったの3時間で殺すという凄惨な事件。
到底私たちの想像が及ぶ所ではありません。
 

”信じられない”
 

そんな言葉しか出てこない。

でも事実は事実。

ルワンダの悲劇を含め、遥か昔から繰り返されてきた虐殺の歴史。

それは間違いなくこの世界で起きた現実の出来事なのだと言う事を改めて思い知らされました。
 

また、この事件からも分かるように、司祭や市長を始め、ルワンダ政府、ルワンダに介入していたフランス軍までもが虐殺に加担していたのではないかという疑惑が各所から上がっていて物議を醸しています。
 


学校の校舎は記念館(Murambi Genocide Memorial Centre)として今も残っていて、その中にはルワンダで起こった大虐殺についての資料が展示されていました。

内装はキガリにあった記念館とほぼ同じ造りでしたが、キガリの記念館とは決定的に違う所がありました。

遺品や遺骨、遺体等の展示が全て撤去されていたのです。
 


床の下のガラスケースには明らかに何かが展示されていた形跡があります。
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でもガイドの青年に聞いても、記念館のスタッフに聞いても「始めから何もなかった」の一点張り。

解説が書いてあるパネルを見てみると、ここには遺体が展示されていたはずなのですが。もしかしたら、この記念館ができた後に何か良くない出来事が起きたのかもしれません。
 

記念館の外にある元々校舎だった建物の中には、虐殺された人々の衣類。
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遺骨。
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そしておびただしい数のミイラ化した遺体。
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腐食しないように石膏で保護されていますが、不自然に捻じ曲がった身体や、切断された手足。
ナタで割られた頭蓋骨には頭髪が生々しく残っていました。
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美しい山々が続くニャマガベの街。
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記念館を出ると、村人たちはまるで虐殺がなかったかのように穏やかに暮らしています。
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仕事がなく何もせずにぼーっとしている人がかなり多かったのが印象的でしたが、今はツチ族やフツ族なんて関係なくみんな仲良しに見えます。
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ルワンダ政府も民族の制度を廃止していて、いまは全国民が自分たちの事を”ルワンダン(ルワンダ人)”と呼んでいます。
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夕暮れ時。

記念館からぐっさんの家まで帰る途中、地元の若者たちに「メモリアルに行って来た?」、「どうだった?」と質問されました。

”すごく悲しくて複雑な気持ちになったよ”

と答えると、彼らはうなずいてから去って行きました。

ぐっさんによると、彼らは一度も記念館に行った事がないそうです。
 

それに、ぐっさんの働く学校では政府の意向で年に一回、全校生徒で虐殺記念館に校外学習に行きます。

だけど、パニック症状を起こしたり、泣き出す子供が続出していつも大変な事になるそうです。

行きたくない!思い出したくない!知りたくもない!

今は平和に見える人々の心にも、やはりあの酷く悲しい出来事が深く深く刻まれているようです。
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ルワンダで義足を作り続ける日本人。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6610 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6610#respond Tue, 13 Jan 2015 19:05:24 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6610 21/OCT/2014 in Kigali 今日は昨日約束したとある場所へ。 日本人のルダシングワ(吉田)真美さんと真美さんの夫でルワンダ人のガテラ・ルダシングワ・エマニュエルさんが運営しているNGO団体「ムリンディ/ジ […]

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21/OCT/2014 in Kigali

今日は昨日約束したとある場所へ。

日本人のルダシングワ(吉田)真美さんと真美さんの夫でルワンダ人のガテラ・ルダシングワ・エマニュエルさんが運営しているNGO団体「ムリンディ/ジャパン・ワン・ラブ・プロジェクト」の活動拠点です。

このNGOでは、ルワンダとブルンジの手足が不自由な方のために義肢装具の制作を行っています。
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そして、私は大学院時代に下肢装具(足が不自由な方の歩行を補助するための器具)の研究をしていたので、このOne Love Projectを知ったときにこの活動に興味津々。だいごろも同じ研究室で下肢リハビリの研究をしていたので是非現場を見せてもらいたいねという事になりました。
 


まずはオフィスでワンラブプロジェクトや真美さんの人生について色々と教えてもらいました。
 

真美さんがここルワンダでの活動を始めたのは虐殺の2年後、1996年のこと。

でも、それよりもずっと前から真美さんの準備は始まっていました。

1989年にケニアでガテラさんと出会った真美さん。
後に真美さんの旦那さんになる方ですが、実はガテラさんも片足が不自由です。
幼い頃マラリアと診断され、お尻に注射をしたときに誤って足の神経を傷つけられてしまった。明らかな医療ミスですが、何の保証も保険もなく泣き寝入りするしかなかったそうです。
 

紛争の影響でルワンダの情勢が悪化しガテラさんが来日した時、ガテラさんが使っていた装具を修理したことをきっかけに二人はルワンダで義肢装具製作所を作ることを思い立ちます。そして、真美さんは義肢装具製作所に弟子入り。なんと5年も修行を積み、義姉装具の技術をみっちり蓄えたそうです。

5年間は超遠距離恋愛。
当時、文通しか通信手段がなかったけど、二人の愛が弱まることはありませんでした。

そしてその遠距離恋愛中にルワンダの虐殺があり、ツチ族のガテラさんの身を常に案じていた真美さん。テレビで映像が流れる度、被害者の中にガテラさんの姿を探してしまったそう。

「修行期間だったから時給400円ぐらいだけど、目的があるとそれでも不思議とお金は溜まる一方。OL時代は気付いたら浪費してしまっていたのに。目的があるってすごいこと。」と真美さん。今お金を使うばかりの自分を見返してぎくりとしてしまいます。真美さんがルワンダで義肢を作って人々を救うことを決意したのは29歳のとき。私と同い年!自分がゴミに思えてくる…。笑
 

そして、いざ日本を出発しようと準備しているとき、テレビに取り上げられたこともあり支援がたくさん寄せられたそうです。若かったこと、女性だったこと、虐殺のあったルワンダへ向かおうとしていたこと、と言ったキーワードが重なってラッキーだったと真美さん自身は語ってくれましたが、真美さんの努力と直向きな姿勢そのものにたくさんの方が共感せずにはいられなかったのは明らか。

「まずは目的を持って孤独に努力すること」という成功者に必要な要素の一つを確実に実行したからこそです。
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お忙しいにも関わらずかなり長時間話し込んでしまったのですが、義肢装具製作所も案内してもらいました。

まず見せてもらったのは受付。
ここに、義肢装具制作が申請書たくさん山積みになっていました。
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虐殺の頃に足を失った人もいれば、地雷を踏んでしまった人もいます。患者さんが負傷した年を見ると負傷したのが何十年も前の人ばかり。最近は糖尿病患者も増えてきたそうです。

義肢の制作費は6割が政府、4割がOne Loveの負担。政府の予算は少ないので申請しても実は1割ぐらいしか承認されません。
政府の承認が降りないと制作できないのが実情ですが、どうしてもの事情がある場合はOne Love Peojectが全額負担することもあるそうです。需要に対して供給が追いつかないのが事実。
 


「ところで、道端で物乞いしてる人にお金あげる?」真美さんに尋ねられました。

私たちの答えは、「あげないことがほとんどだけど、ごく稀にあげる」。

もうどうやっても働けなさそうな人に出会ったとき、稀にお金をあげることもあります。でもいつも心が痛むし判断が難しく悩みの種になっています。

ルワンダでは物乞いが禁止されているので物乞いは他の国に比べると少ないですが、階段の踊場など警察の目の届かないところでこっそり物乞いしている人も見かけました。
やっぱり、四肢が不自由な人が多かった。

そして真美さんの答えは、「あげない」。

このワンラブプロジェクトを頼ってやってきて、政府による厳しい審査を乗り越え義足を作ってあげても、「仕事をするよりも物乞いの方が儲かるから」という理由で義足を外して物乞いになってしまう人もいるそうです。

そんな思いでこのNGOを運営している訳じゃない。物乞い以外の道を見つけて、生きがいのある人生を送ってほしい。
だから、真美さんは物乞いにお金をあげることはないそうです。
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続いて、アトリエ(製作所)へ。

義肢装具士の皆さんが協力して装具を加工していました。
昨日一緒に買い出しに行ったアシェルさんもいます。
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前回も少し書きましたが、ここルワンダで材料を見つけるのは大変なこと。
今手元にあるものでできる限り工夫してお客さんの元に届けるそうです。

できない理由を挙げだしたらきりがないけど、諦めずに考え抜いて一個一個形にしていきます。
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アトリエにあった、樹脂を溶かすためのオーブンも元々は鳥肉を焼くためのもの。足を形取る樹脂は装具用じゃなくて、円筒形の樹脂パイプを溶かしたもの。
いたるところに工夫が見られました。
 


こんなものもありました。
みんなが頭を悩ませていた義手。
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これも既存の部品では患者さんと長さが合わないそうです。
接着剤でくっつけると簡単にとれてしまう。みんなで知恵を絞っている最中でした。
 


アトリエやみなさんの作業を見せてもらっていると、何だか前職の開発の仕事と似てるな、と思いました。

材料が完璧に揃うまで待ってたらいつまでも前に進まない。
自分で考えて工夫して、目の前にある材料でできる限りのことをする。
仕事ができる人って、どんな環境でもぐいぐい前に進んで行く力がある。

真美さんたちからもそんなエネルギーを感じました。
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倉庫に行くと、きっちり区分けされて部品が並んでいました。
このあたりはやっぱり日本の整理整頓する文化が息づいているように感じます。
ルワンダの人も几帳面なので、日本のやり方と合うのかもしれません。
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日本からの中古品で寄付してもらったものもたくさん並んでいました。

日本では使われなくなった重たい部品たちが、ここルワンダでは現役で活躍しています。
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こんなものも義足に使われる為に日本から贈られていました。
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ちなみに倉庫では足の不自由な女性がテキパキと整理整頓と在庫管理をしていました。
One Love Projectではなるべく障害のある人を雇うようにしているそうです。
 


NGOを立ち上げた当初は真美さん自身が義肢装具士として仕事されていたそうですが、今は真美さんは運営側に回っています。

現場で働く人と意見が合わないことも多いそうです。
日本人同士でも運営するのは大変なのに、価値観の違うアフリカで運営するなんて並大抵のことではありません。

でも真美さんとお話していると強い意志と責任感が伝わってきました。
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目的があるからまっすぐ前に進む力になる。壁を乗り越えるエネルギーになる。

未来が見えている人は強いし、思い描いた未来を実現できる。

これからもこのプロジェクトがたくさんの方の新しい一歩となり、たくさんの方の希望となりますように!

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雨のキガリ。虐殺の傷跡。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6606 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6606#comments Sat, 10 Jan 2015 22:10:08 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6606 20〜21/OCT/2014 in Kigali キガリは本当によく雨が降る。 滞在中は毎日のように雨が降っていたし、丸一日大雨が降り続けてずっと停電していた日もありました。 そんなキガリでのある日。 今日は朝からお出か […]

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20〜21/OCT/2014 in Kigali

キガリは本当によく雨が降る。

滞在中は毎日のように雨が降っていたし、丸一日大雨が降り続けてずっと停電していた日もありました。

そんなキガリでのある日。

今日は朝からお出かけ。

外に出ると雨でも自転車タクシーが大活躍しています。
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目的地は宿から歩いて1時間ぐらいで行ける場所ですが、雨が本降りになってきたのでバスで行くことに。
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キガリに住む日本人

そして向かったのはこの場所。
とある人にどうしても会いたくてきました。
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ルダシングワ(吉田)真美さん。

ルワンダで義肢・装具の制作を行っているNGOを立ち上げた方です。

ウガンダ出会った大学生旅人のありさちゃんに教えてもらったのですが、私が大学院時代に下肢装具(足に障害がある方の歩行を補助する器具)を研究していた事もあって、すごく気になっていたのです。

*NGOについて詳しくはこちらをご参照ください。
「ムリンディ/ジャパン・ワンラブ・プロジェクト」
 


ホームページに載っていた連絡先に事前にメールを送っていたのですが、その時期はメールサーバーの調子が悪かったらしく連絡が取れなかったので、今日はアポなしでやってきました。

私と同じ研究室で下肢リハビリの研究をしていただいごろも興味津々です。
 

真美さんのオフィスをノックすると、笑顔で出迎えてくださいました。

オフィスで私たちがここへ来た理由と自己紹介をしてから少し雑談。

今日はお忙しいということだったので翌日に出直すことになりました。
 

そして笑顔の真美さんに見送られて宿へ戻ろうとすると、後ろで車のクラクションが鳴りました。

車をのぞいてみると真美さんの旦那さんガテラさんと義足技師のアシェルさんが乗っていました。

「今から買出しに行くから、ついでに街まで乗って行く?」という有り難いお誘い。

まだ雨も降っていたし、せっかくなのでお言葉に甘える事にしました。
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二人が買いに行こうとしていたのは義足に使う材料だそう。

その話を色々と聞いていると、どんな所で材料調達するのかとても興味が沸いてきたので、”一緒に材料の買い出しに着いて行かせて欲しい”とお願いすると、二人とも「いいよいいよ」と快諾してくれました。

やった!
 

二人が探していた材料は、義足の靴底に使うゴム。

義足技師のアシェルさんと一緒に店を回って探します。

アシェルさんは背がめちゃくちゃ高い!何と196cm!!
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ちなみに、アシェルさんは日本の技師装具製作所で1年間修行したことがあるそうです。
修行した時は東日本大震災の直後で、余震を何度も経験して怖かったと話してくれました。
ルワンダは地震がない国だから余計に怖いだろうなぁ。
 

色んな店を回りながらお目当ての材料がないか聞いてみるけどどこにも置いていません。

ルワンダはアフリカにある小さな国。
日本だったらパソコンを開いてお目当ての商品の写真をポチッと押すだけで安く簡単に手に入るものも、この国ではなかなか見つかりません。
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1時間近く探しまわった末に、靴の制作工場でようやくお目当ての材料を発見。
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工作機械の数々が、綺麗に整理整頓されていて、使わない機械はちゃんとカバーをかけて大切に使っていました。とにかく綺麗好きなのがルワンダ人。さすがです!
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こんな材料を手に入れるのに1時間近くキガリの街を探しまわりました。
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そして無事材料が見つかったので、私たちはここでお別れ。

ガテラさんは親切にも私たちがこの後訪れようと思っていた場所までわざわざ連れて行ってくれました。
 

虐殺の傷跡

雨の中私たちが訪れたのはこの場所。

”Belgium Soldiers’ Memorial”。
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ジェノサイドの最初の日、ベルギー人10人が殺害された場所です。
 


ルワンダと聞いて思い浮かぶのは、やはりあの悲しい歴史。

1994年に起こったフツ族によるツチ族の大虐殺は、ルワンダの至る所に深い爪痕を残しています。

そして、胸が痛むけれどこれらの負の遺産をしっかりとこの目に焼き付けておきたい。

そう思い私たちはこの国にやってきました。

これからの数日間は、そんなルワンダの各地に残された史跡を訪れていきます。
 


ルワンダのキガリにあるこの場所で殺害されたベルギー人たちは、国連平和維持部隊としてこの国で活動していました。

ジェノサイドの初日、フツ族大統領が乗った飛行機が追撃された大統領が死亡。
フツ族過激派の人々はその墜落の原因を国連平和維持部隊とツチ族によるものだと断定し、平和維持部隊とツチ族を直ちに殺害するようにと、ラジオを通じて訴えました。

ツチ族の虐殺を押し進めたいフツ族にとっては、国連は邪魔者。
国連を撤退させるためにこの平和維持部隊を殺害することが有効だと考えたのでしょう。
 

建物には銃弾の跡が生々しく残っています。
壁を貫通しているものもたくさんありました。
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そして、わずか10人を殺害したにしては余りに多くの銃弾の跡が残っていて、どれほど多くの人々が彼らを追いつめ、どれほど大きな力が彼らの生命を絶ったのかが伺い知れます。
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建物の外には記念碑が建てられていました。
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この柱1本1本が亡くなった個人を象徴していて、水平線が彼らの年齢を、そして不自然に切られた天面は彼らの人生が強制的に終わらさせられたことを示しています。

年齢はみんな30歳前後。

私たちと変わらない年代の方の命が奪われてしまいました。
 

遺族がこの場所に訪れて書いた絵とメッセージ。
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なぜ殺されなければならなかったのだろう、という痛いほどの思いと虐殺への憎しみが伝わってきます。
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そこから私たちは徒歩でとあるホテルへ向かいました。

”ホテル・ミルコリンズ”。

この名前を聞いてピンと来る方もたくさんいるかと思いますが、日本でも公開された「ホテル・ルワンダ」という映画の舞台になったホテルです。
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実際に映画に使われたのはウガンダにある別のホテルだそうですが、このホテルがあの惨劇の本当の舞台。

避難していた人々はこのプールの水を生活用水として使っていたのですね。
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敷地内には記念碑が建てられていました。
PA211466

今は当時の高級ホテルの品格そのままに、観光客でにぎわっていました。

そしてこのホテルはキガリの中心部にあります。

これほど人目を避けられない立地にあって、1268人ものツチ族の人々を匿うのはどれだけ大変だっただろう。

ルセサバギナさんの功績の大きさは計り知れません。
 


夕暮れ時、ホテルからキガリに中心部に歩いた所にある教会を訪れると、人々が集い賛美歌を歌っていました。
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でもそんな平和な日常と隣り合わせに、壁や天井には血の跡が今でも残っています。
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この場所でも教会に逃げ込んだツチ族の人々に対して大量虐殺が行われました。

人々を救う場所であるはずの教会が、悲しいことにジェノサイドに利用する恰好の場所となってしまったのです。
 


そしてキガリには、ルワンダの人々がジェノサイドの惨劇を後世に伝える為に建てられた ”Genocide Memorial Museum”があります。

中に入るとそこには大量の遺骨が展示されていました。
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でもこれはまだほんの一部。
この建物に隣接された共同墓地には25万人もの犠牲者が埋葬されています。
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さらに、この25万人というのも全てではありません。

犠牲者はなんと80万人にも上ると言われているのです。

 
この虐殺記念館には、ルワンダだけでなくナチスドイツやポルポトによるものも含め、世界各地でこれまでに行われてきた虐殺に関する展示もありました。

館内を訪れた人々が”Never again(もう決して繰り返してはならない)” というメッセージをあらゆるところに残していましたが、いくら祈っても何度も繰り返してしまうのが悲しい現実。

必ずまた同じことが起こってしまうということを、歴史が物語っていました。

 


展示されていたパネルに書かれていた、ツチ族の少女の言葉で心にずっと残っているものがあります。
正確には覚えていませんが、次のような内容です。
 

 

私は私の家族に会うことはもう二度とないけど、私の家族を殺した人には会うの。そのことを思うと一生笑うことなんてできない。

PA201397

今、ルワンダではツチ族もフツ族も一緒に生活を営んでいます。

一方はたくさんの家族を殺され、もう一方は逆に政府に踊らされて虐殺に加担したという紛れもない事実があるにもかかわらず。

キガリの街を歩いていると、どうして今、こんなに平和なのかが不思議でならなくなります。

共に暮らしていることが奇跡のように思えます。
 


共同墓地には花束が手向けられていました。
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ルワンダの大虐殺から今年でちょうど20年。

当時8歳だった私にはルワンダで行われていた惨劇についてメディアで報道されていたという記憶が全くありません。

私自身に興味がなかったからなのか、そもそも日本では表立って報道されていなかったからなのかは分かりません。 

ジェノサイドをテーマにした映画が世界で公開された時に、私もようやくその歴史的悲劇を知りました。
 

そして今。

こうしてルワンダを自分の足で訪れる機会に恵まれたからには、ちゃんと自分の目で耳で肌で感じたことを書き記しておきたいです。

しばらくは暗い内容の記事が多くなるかもしれませんが、お付き合いいただければと思います。

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アフリカのシンガポールは凄かった!! https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6599 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6599#respond Thu, 08 Jan 2015 20:00:39 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6599 18〜19/OCT/2014 in Kigali ようやくバスから降りると、さっきの音の原因はパンクでした。 良かった。。 ドライバーと乗務員が協力してタイヤを交換。 意外にも手際よく30分ほどでタイヤを交換が完了し再出 […]

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18〜19/OCT/2014 in Kigali

ようやくバスから降りると、さっきの音の原因はパンクでした。

良かった。。

ドライバーと乗務員が協力してタイヤを交換。

意外にも手際よく30分ほどでタイヤを交換が完了し再出発。
 

しかし、さらに1時間後。

バスが再び何もないところで急に停まりました。

ここで誰か降りるのかな?
特にバスには問題がなさそうだったのでそのまま車内で待つ。

車内にはエアコンがないから走っていないとサウナみたいに暑い。

それに車内ではみんな大声で喋っていてうるさすぎる。特におばちゃん。
スワヒリ語なので何を喋ってるのか全然分からん。

バスが止まった途端に話し声ばかりが目立って本当にうるさい。
眠りに着いた直後の一番深い眠りのときに起こされたので、私は不機嫌MAX。

もー、うるさいなぁーー!!

”BE QUIET!!”と大声で叫びたいところだったけど、シャイな私には言えなかった。。
 

1時間待ってもバスが動く気配は全くない。

乗客の数人は既にバスから降りて外でトイレをしたりタバコを吸ったりしている。

車内はうるさすぎるし暑すぎる!
イライラですっかり目が覚めてしまったので、重々しい足取りでバスを出る。
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作業していたドライバーに事情を聞いてみると、「ハンドルを操作するためのベルトが切れてしまったから、代えのベルトを手配中だ」と言う。

今からカンパラに連絡して持って来てもらうのに少なくとも1時間半かかるらしい。

ていうか、それってハンドルの操作ができなくなってたってこと?
だから側道に停車させる事もできずに道路のど真ん中で止まってるってこと?!

怖すぎる!!!

ナイロビからカンパラへの移動が快適すぎただけにこの状況はこたえるなぁ。。
 


嘆いても仕方ないので外でじっと待つ。

待っている間には後発の同じ会社のバスに2台も追い越された。
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結局3時間ほど待って時刻は午前0時過ぎ。
ようやくバスの修理が終わって発車し、順調に動き出しました。

でも今度はドライバーが爆音で音楽をかけはじめてうるさ過ぎる!
深夜0時から爆音で音楽をかけるとは何事?!

すぐに耳栓をつけるけど、有りえない音量なので音が突き抜けてくる。

結局夜通し爆音が鳴り続けたまま走り続けました。イライラ!
 

それでもなんとか国境に到着。
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ウガンダ・ルワンダ両国のイミグレーションは今回も3カ国共通ビザのおかげで特に問題もなく通過。

国境をまたいだルワンダ側にはエボラのチェックポイントがあって体温を計られました。
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そして朝靄の中、バスはルワンダに突入。

一面に広がるお茶畑がきれいです。
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きれいな景色なので窓を開けて写真を撮っていると、近くのおばちゃんが「スーッ、スーッ」と息を出して音を立てきた。

実はこれ、人を呼ぶときの合図。
フィリピンでも子供を呼ぶときなんかに使われてた。
どうやら窓を閉めてほしいらしい。

写真を撮ってる途中だったのでしばらく気付かないふり。
てっきり”Excuse me!”と声をかけられると思っていたけど、「スーッ!、スーッ!」の音量が大きくなるだけだった。
きっとこの呼び方が世界共通だと思い込んでるんだろうな。

写真を撮り終わりさっと窓を閉めると、スーッという音はしなくなりました。笑
 


キガリで到着したのはニャブゴゴバスターミナル。
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到着して宿探し。バスターミナル近くの”Mont Kigali Lodge”。
陽当たりの良さとキリンの柄のカーテンが気に入ってこの宿に決めました。一泊一部屋6000フラン(約900円)。
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ホットシャワーはでないけど、お願いしたらお湯を沸かしてバケツに入れてくれます。
お隣の”ホープゲストハウス”はホットシャワー付きだったみたい。

さっそくシャワーを浴びたいと言うと、宿のスタッフがわざわざ炭を燃やして熱湯を作ってくれました。
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熱湯に冷たい水を混ぜながら手で水をすくって浴びないといけないので洗い流すのが難しいし、お湯が出来るまでに頼んでから最低でも30分もかかるのが辛い所です。笑
 

お湯が沸くまでの間、宿の人にルワンダの言葉を教えてもらいました。

“How are you?”は”アマクル”、”I’m fine”は”ムメザ”

これまでいたウガンダやケニアではスワヒリ語で、”アバリ”、”ムズリ”と挨拶していたので、お隣の国だけ合って言葉の響きが似ているなと感じました。
 

 

アフリカのシンガポール。

今日はいまからキガリで働いている青年海外協力隊の人に会いに行きます。

宿から待ち合わせをしているキガリタワーまでは歩いて1時間ぐらい。

外を歩いてみると道が綺麗で舗装されてる!
ゴミ箱まで設置されていて感動!
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ゴミが一つも落ちていないし、車通りもカンパラに比べると圧倒的に少ないし、真っ黒の排気ガスを出して走ってる車を見かける事もないしで快適!

雨水が流れる水路まであります!
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そんなの普通だと思うかも知れませんが、これまでに旅していたアフリカ諸国ではこんなの到底考えられません!

 

さらに、環境に配慮してビニール袋は禁止。
なので買い物すると全て紙袋に入れられます。
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キガリは雨が多いので、宿に帰るまでに袋が破れたりして大変ですが。。笑
 

宿の人もめっちゃ掃除する。
キガリは雨が多いので、雨が降って床が濡れる度に床を拭き、トイレ掃除は1日に2回。
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街を清潔に保とうという意識はすごく徹底されていて、レストランや道路など街中のあちこちで人々が掃除をする光景が見られます。

なんでもこの国はアフリカのシンガポールを目指しているんだとか。

この調子だとその日もきっと近いうちにやって来ると思います!
 


ルワンダにはウガンダと同じくバイクタクシーが多いけど、運転手だけじゃなくてお客さん用のヘルメットをちゃんと用意しているので安心。それに三人乗りも禁止されています。

やっぱりウガンダよりもルワンダの方がきっちりしていて肌に合うな。
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そしてそんなバイクタクシーよりはるかにたくさんの自転車タクシーがキガリの街を走り、人々の足となっています。
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キガリで日々奮闘する日本人

街の中心にあるキガリタワーで待っていると、イケメン(もしかしてもう死語?)男性が現れました!

青年海外協力隊員の俊輔さん。
2年間ルワンダの首都キガリに配属され、観光や現地産業を発展させようと奮闘中です。

詳しい活動内容については俊輔さんのブログをご参照ください!
「ルワンダから観た世界~内藤俊輔BOOK~」

一緒にランチを食べて、いろんなお話を聞かせてもらいました。
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ルワンダはキガリだけにいるとインフラがすごく整備されているように見えるけど、実は電力供給率はたった18%。
電力がないところでは水を汲むことができないので、丘の上では水も出ないそう。

あとは、ルワンダ虐殺の話もやっぱり詳しくて、私たちが日本にいる頃は全然知らなかった事や政府が隠している事などについても教えてもらいました。

その内容については、別の記事にまとめて書こうと思います。
 

そして俊輔さんの話の中で印象的だったのが、彼の夢の事。

俊輔さんは将来、UNHCRに入りたいんだそう。
UNHCRって、私自身はアフリカに来るまで知らなかったけど、難民キャンプを運営している国連の機関。

世界で難民キャンプと言われる場所は、全部UNHCRが運営しています。
だから当然、危険と背中合わせの仕事。
難民を救おうとして自らが犠牲になる事だって十分に考えられること。

そんな仕事でも強い使命感を持って自ら進んでやりたいと思う俊輔さんがすごく眩しく見えました。

UNHCRに入るために、将来の計画をして目標を立てて、夢をまっすぐ見据えていました。
 

ちなみにランチはルワンダ名物のワンプレート盛り放題ビュッフェ。
ここはやや高めのお店で、一皿20,000フラン(300円ほど)。

味もおいしくてレパートリーも豊富なので、短い滞在の間に3回も通ってしまいました。
いいお店を教えてくれてありがたや!
 


お話しした後は、俊輔さんのプロジェクトのひとつであるお土産屋さんに連れて行ってもらいました。

伝統的な小物入れや牛糞で作ったカラフルなタペストリー(でも全然臭くない!)など、デザインも可愛くて売れそうなものばかりでした。
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ルワンダは観光客が少ない国なので、”もっとリピーターが増えるように”、”お土産を買ってもらえるように”、”新たな魅力を見つけてもらえるように”、と考えて日々工夫しているそうです。
 


夕食は宿の近くのBARでサッカーの生中継を見ながら。
料理はちょっと高めだったけど、焦がし玉ねぎのステーキがめちゃくちゃ美味しかった!
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エチオピアやケニアでもそうでしたが、この辺りのアフリカ諸国ではイングリッシュ・プレミアリーグが一番人気みたい。

だいごろも大好きなサッカーを観戦しながら美味しいディナーが食べられて幸せそうでした。
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という事で初めて訪れたルワンダの首都キガリ。

これからしばらく滞在するつもりですが、なかなか居心地が良さそうです♪

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