Japan/日本 - 世界ぽろり旅 https://amonkeybb.sakura.ne.jp 日本からぽろりと飛出し、涙をぽろり。耳寄り情報もぽろりします Tue, 25 Nov 2025 01:28:48 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.26 80321178 ついに神戸入港!!534日の旅を終えて帰国しました!! https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=18802 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=18802#comments Thu, 18 Feb 2016 00:38:42 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=18802 20~21/SEP/2015 from Shanghai to Kobe フェリーの中で迎えた世界旅行最後の夜。 関門海峡も通過し、船は瀬戸内海へ。 もう完全に日本の中を進んでいる。 そして明日の朝には、神戸に着く。じん […]

The post ついに神戸入港!!534日の旅を終えて帰国しました!! first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

20~21/SEP/2015 from Shanghai to Kobe

フェリーの中で迎えた世界旅行最後の夜。

関門海峡も通過し、船は瀬戸内海へ。
もう完全に日本の中を進んでいる。

そして明日の朝には、神戸に着く。じんわりと実感が湧いてきます。
P9201092
 

デッキから部屋に戻ると、ふと、いいこと(?)を思いついた。

野宿で使っていたロールマットを広げて、ヒッチハイクで使っていた油性ペンで一作業。
アルゼンチンで買ってからずっとお世話になっていたロールマットはもうボロボロです。
P9200893

ロールマット一つからもいろんな思い出がよみがえってくるなぁ。

(ロールマットとの出会い。ヒッチハイク旅の様子はこちら:人生初ヒッチハイクで二人とも大号泣。。
 


それから、二人で ”日本に帰ったら食べたいもの” を出し合ったり。

日本に帰ってやりたい事を書き出したり。

そんな楽しい妄想をしていたら、あっという間に夜の12時半。

船はしまなみ海道の来島海峡大橋の下をくぐります。
尾道今治ルート。私もだいごろも自転車で走ったことがあります。懐かしいなぁ。
P9211237
 

さあ。あとは、寝て起きたら神戸!

ぐっすり寝よう…

なんて甘い考えは、だいごろが許してくれません。
 

”きっこ!”

「なに?」

”瀬戸大橋、見るやろ?”

「え…」

”見るやろ?橋一個見るのに5000円っていう計算やん。”

「??」

最初は意味が分からなかったけど、どうやらだいごろは私と一緒に橋を見たくて言っているみたい。
船の運賃の22,000円が、関門海峡、しまなみ海道、瀬戸大橋、明石海峡大橋の4つの橋を1回5000円で見られるアトラクションと考えたら元が取れるという論理。
現金な私を釣るための作戦のようです。笑

「うーん、起きれたら起きる。」

そう言って布団に潜り込みました。
 


 

そして、夜中3時前。

”きっこ!!きっこ!!!”

「…」

”起きて!行くで!!!”

「…」

だいごろは、威勢良く寝ぼけ眼の私を叩き起こしてデッキへ。

眠い。。
 

デッキに行くと、暗い夜にぼんやりと浮かび上がる瀬戸大橋。
しまなみ海道は華奢な感じだったけど、この橋はどっしりとしていて強そうです。
P9211310

眠いけど橋の下をくぐる瞬間は好き。
船の動きがゆっくりだから、橋がクレーンみたいに動いているような錯覚を覚える。
気持ち悪くて、気持ち良い。

夜も眠らずに稼働し続ける瀬戸内工業地域の工場群。
今もここで働いている人たちがいるんだなぁ。
P9211332

しばらく橋を眺めながめてから、再び布団に潜り込みました。

元気なだいごろはこのまま夜通し起きてるつもりみたいです。
 


私が寝ている横で、だいごろは日記を書いていました。

これがその時の日記。
帰国5時間前の徹夜中のだいごろの文章をそのまま載せます。

ーだいごろの日記ー
よくやった!

ほとんど何の計画もなしにエクアドルへ飛んだのに、これ以上ないぐらい上出来な旅だった。
あんな事やこんな事をやってみたい。旅の前に夢のように思い描いていた想像をはるかに超える体験がたくさんできた。
二人とも本当によくやった。やりきった。

今日、昼寝をして目が覚めたら船は五島列島の横を進んでいた。
そして壱岐を通過して福岡が見えてきた。

日本!!
ついに日本に入った!

日本ってどんなところやったかな?
三十年近く住んでたのに、なんだか想像するのが難しい。思い出せない。変な感じ。

中国で両替して財布に入れていた千円札を手に取ってみるけど、おもちゃのお金みたいにしか見えない。
ずっとこれを使って生活していたはずなのに。
 

あと5時間で旅が終わる。

でも悲しかったり寂しかったりはしない。
だって思い残す事は何もないから。

やりたい事は全てやり切った!

今はただ、一つの旅が終わろうとしている。それだけ。

日本に帰ってからの日々が待ち遠しい!

ー日記おわりー
 

そしてついに、日本の地を踏む瞬間が!

”きっこ!!きっこ!!!”

再び、寝ぼけ眼をこすりながら眼を覚まします。

”夜が明けたで!朝日が綺麗やで!起きな損やで!!”

まったく、だいごろは最後の最後まで貪欲でクレイジーだ。笑

だいごろに引っ張られてデッキへ出てみると、朝日。
確かに綺麗だ。雲の感じも良い。眠たい私にはちょっと眩しすぎるぐらい。

今日もいいお天気です。最終日にも天気に恵まれるなんて、晴れ男晴れ女の私たちらしい。
P9211366

眩しい太陽の光を浴びながら、船の進む先に目を凝らします。

もうちょっとで見えるはず。
せっかく起きたからには、見逃す訳には絶対行かない。

しばらくすると見えてきたのは…
P9211379

明石海峡大橋!!
神戸だ!ついに帰ってきた!私たちの故郷に!!
P9211415
 

じーんとした。

今まで1年半、行くところ全てが知らない場所だった。

でも、今日初めて知ってる場所にやってきた。
それがすごく嬉しくて、安心した。
 

”あぁ、ここ、知ってる。”

そう思うだけでじんわりと目に涙が滲んだ。

知ってる場所に来るっていうことが、今の私にとっては新鮮だった。

それにしても、この安心感はいつぶりだろう。
今までずっと緊張してたんだってことに気づいた。
 

陸地に見えるのは慣れ親しんだ景色。
私たちが生まれ育った場所。
P9211436
 

高くなっていく太陽の眩しい光を受けて船は進む。

進んでいく船の上から故郷を眺める。
P9211445

そして明石海峡大橋をくぐった。
橋が開通した時は大騒ぎだったなぁ。
P9211458
 


 

そしてついにその時がやってきました。

神戸港だ!!

すごく遠くにあるけど、見慣れた景色だからすぐにわかる。
P9211526

神戸のシンボル、真っ赤なポートタワーも見えています。
もしかしたら小さい頃に登ったのかもしれないけど、登った記憶がないポートタワー。地元の名所あるある。
P9211536

どこを見ても懐かしい景色!帰って来たんだ!!
P9211544
 

そんな景色の中を船はゆっくりと進み、いよいよ着岸!!

こんなところに神戸の国際港があったとは!今の今まで知りませんでした。
P9211560

最後の船内で石山さんと、お友達の中国人の社長さんと記念写真。
P9211579
 

乗客が降りるまでに1時間ぐらい待たないといけないみたいなのでデッキへ。

港に家族が来てるはずなんだけどな、と思って見てみると、だいごろの家族がいました!
(私の両親もこのとき来ていたけれど、別の場所で待っていたみたいで見つけられませんでした。)

だいごろのお母さんが、なんか持っています!似顔絵!面白いやつ!
こんなの書いてもらったのは初めてです。似てますか?笑
P9211589

だいごろの妹が、港から見た写真を撮ってくれました!
IMG_4285
 


そして1時間後。
いよいよ下船の時間。
P9211594

1年半ぶりの日本の地を踏みしめます。
神戸港…寂れてる…というか、錆びてる!なんだか歴史を感じます。
P9211597

何十年も住んでいたのに一度も通ったことのないイミグレーションと税関を通ります。
思ってたよりもたくさん乗客がいたみたい。
P9211602

パスポートに押された最後のスタンプは、”KOBE”の文字!これは嬉しい!
P9211603

荷物のチェックを受けてゲートをくぐると、ずっと帰りを待っていてくれた家族の元へ。

笑顔で迎えてくれました!!
12039208_10207748237852739_5931568120585180233_n copy

ここで私たちの足の色に注目!
他の人の靴と色と一緒だ!靴を履いていなくても履いているように見えるトリックです。笑
 

この写真を撮り終わった直後、”ただいま日本”のロールマットを指差して、だいごろの妹が一言。

「これ、汚い!早く捨てたら?!」

た、確かに。冷静に見たらめっちゃ汚い…。
一年以上当たり前のように使ってたから麻痺してたみたい。
慌ててフェリーターミナルのゴミ箱に放り込みました。笑
 

ということで、これにて私たちの世界ぽろり旅は終わり。

無事に帰ってこれてめでたしめでたし。

みなさんありがとうございました!

ただいま!!

The post ついに神戸入港!!534日の旅を終えて帰国しました!! first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=18802 4 18802
大海原を進むフェリー。そして見えてきた日本の大地! https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=18786 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=18786#comments Wed, 17 Feb 2016 01:47:09 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=18786 18/SEP/2015 from Shanghai to Kobe 船の一泊目を終えた翌朝。 このフェリーは朝食が無料でついています。 無料の朝食は、焼きそば、味のないおかゆ、中身のない肉まん(パン?)、あんぱん、漬物、 […]

The post 大海原を進むフェリー。そして見えてきた日本の大地! first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

18/SEP/2015 from Shanghai to Kobe

船の一泊目を終えた翌朝。

このフェリーは朝食が無料でついています。
無料の朝食は、焼きそば、味のないおかゆ、中身のない肉まん(パン?)、あんぱん、漬物、オレンジジュース。うーん、いまいち…だけど、まあおなかは満たされた。
P9200833

今は船は東シナ海を進んでいるので、夕方までずっと海の上で陸地は見えません。

特にすることもないので、部屋に寝転がってブログを書きます。

部屋…きたなっ!笑
私もだいごろも、めっちゃ散らかし上手。
貸切なのをいいことにひどい有様です。
P9190800

海の上は揺れるから、このゴロゴロ体勢で作業しているとちょっと船酔いし始めました。
うう、気持ち悪い。

部屋でテレビを見てみます。ゴジラ。
でも、この部屋は船の先頭に近いから揺れがちょっと大きい。
やっぱり気持ち悪くなってきたので、移動することにしました。
P9200952

デッキに出てみると、遠くに島が見えていました。
地図で確認すると、どうやらこれは日本の島みたい!
P9200906

”あれ日本や!!ついに日本が見えた!!!”

”あの船にも日本人が乗ってるんかな。”
そんな当たり前の事を言いながら、1年半ぶりの日本を感慨深げに眺めました。
P9200929
 

世界旅行最後の時間。

明日の朝には神戸港に到着するので、今日この船で過ごす時間が世界旅行最後の時間。

船のラウンジで作業していると、やっぱり寝転がってるよりは座ってる方が酔いは醒める。
ブログをひたすら書きます。
P9200855

ここは共有スペースなので、気付いたら他のお客さんとのお話が始まっていました。
なかでもおしゃべりなのは石山さん。
私たちの素性を知ると、「いいねぇ、羨ましい!」と何度も言う石山さん。
P9200860

それから、これから世界旅行をしたいというKさんとFくんとも、たくさんお話しました。
P9200862

お昼ごはんはカップラーメン。
中国ではよくカップラーメン食べたな、もう食べたくない。笑
P9200880
 


ブログを書き終えて部屋に戻ると、到着の準備。
昨日洗濯した服が乾いたのでバックパックにしまいます。

すると、だいごろが突然洗濯した服を着始めました。

1年半の旅の思い出が詰まった洋服たち。
愛着があるので何度破れても新しいものは買わず、修理を繰り返しながらずっと着続けてきました。

だいごろのシャツは両肘のところがぱっくり破れているし、肩のところにも大きな穴があります。
P9201106

ズボンも両膝のところが何回も破れて、修理の後だらけ。
P9201113

お尻も穴だらけだけど、気にせずずっと使ってきた。
P9201115

そしてなんと、靴にまで穴が開いています。
もう穴が空いて半年は経ったかな。よくこんなのでトレッキングしてたなぁ。
P9201118 copy

もちろん私も。

もうちょっとで靴がパックリ二つに別れそうです。
今考えるとよくこんなの履いてたなぁと思う。
二人ともこんな靴で3900mのアラコルトレッキングをしたんだから、無謀だ。笑
P9201123

(アラコル湖の絶景トレッキングの記事はこちら:あら子の大冒険2〜子犬と一緒に4000mの山越え?!天山山脈の秘宝を目指せ!!〜
 

ズボンも修理の後だらけ。
P9201142

そんな服たちもよく頑張った。

写真撮影が終わったところで、この服とはお別れ。
船のゴミ箱にポイっと捨てました。

長いこと酷使してごめん。謝謝!
 

最後の晩餐。

船内放送で夕食の案内。
これが最後の夕食だ。
P9201025

石山さんがやってきて一緒に食事をすることに。
「シャンパン飲む?ドイツで買った安物だけど。」

シャンパンが並ぶだけでさっきの質素な夕食が、豪華ディナーになりました。
P9201031
 

「君たちはどんな旅をしていたの?」

私たちが、これまでの旅行のエピソードを一つ話すごとに口癖のように石山さんはいいました。

「いいなぁ、本当に。羨ましい!」

何度も何度も言われました。

”でも好きだった仕事も辞めてしまったし、これからのことを考えたら不安になります。”

「大丈夫大丈夫、仕事なんて何とでもなるから。」
「素晴らしい決断力だし、1年半も二人で仲良く旅行するのは君たちが思っている以上に難しい事だよ。よくできました!」
笑顔いっぱいでそう言ってくれます。
 


しばらくお話しした後、石山さんはこう言いました。

「実はね、僕は去年奥さんを亡くしてるんだよ。」

それからは何を話してても、気付いたら奥さんの話に繋がっていく。
すごく愛してたんだなぁ。そして、今も変わらず愛してるんだなぁ。

奥さんはもともと同じ会社の受付嬢で石山さんがナンパしたんだって。

それから石山さんは日本の分析機器を中国に売る会社を立ち上げて、
奥さんと2人だけで、会社を二人三脚で経営してきた。

「本当にね、完璧すぎる奥さんだったんだよ。」
「仕事も本当によくできるし、美人だし、喧嘩しても次の日は絶対仲直りしてた。」
P9201029 copy

石山さんは奥さんの写真をずっと持ち歩いている。
50歳のときの写真だそうだけど、全然50歳に見えない。すごく美人な方だった。

くも膜下出血だったそうで、突然亡くなってしまったそうです。
危篤状態になって病院に駆けつけたとき、薄っすらと意識があったけど、医師から興奮させないようにと言われたから、そのときはそっと手を添えるだけで、「あけみ、愛してるよ」って言えなかった。
それっきり意識が戻ることはなかった。
それだけが後悔だそうです。

笑顔で話す石山さんの顔を見ていると淋しさがこっちまで伝わってきます。
 


石山さんはこんな話もしてくれました。

「思い出は作ろうとしないと作れないんだよ。
 毎日仕事して、家で過ごしていたら、思い出はできない。
 どこかに出かけて、そこで思い出を作って、何かの拍子に『ああ、あそこに行ったよね』って思い出すんだ。
 思い出はたくさんあればあるほどいい。だから、君たち二人はすごいよ。」

そうなのかな?
私にはちょっと分からない。
何気ない日々の中でも、思い出はできるんじゃないかなぁって思っちゃう。

でも、石山さんがそう言うなら、きっとそうなのかもしれない。
そうだったら、私たちの決断も、間違いじゃなかったかな。

数え切れないほどの奥さんとの思い出を話しながら、
「のろけ話ばっかりでごめんね」と笑顔で言う石山さん。

石山さんの奥さんを愛おしむ気持ちが痛いほど伝わってきて、こっそり涙をこらえていました。

私とだいごろはどっちが先に死ぬかなぁ。
死ぬとき、この世界旅行のこと、どう思うんだろう。
 

日本との再会に乾杯!

世界旅行最後の夕日が沈みました。今日の夕日はドラマチック。
P9200961

そして、船の先には陸地が。
P9200969

九州の工業地帯です!
P9200986
P9201001

日本との再会に乾杯。
日本の街の明かりは暖かくて、心が安らぎます。
P9201035

そして見えてきた関門海峡!!
”昔日本を旅してた時に何度もくぐった橋と海底トンネル。懐かしい!” と、だいごろ。
P9201085

ついに関門橋をくぐる!!
その瞬間、ぞくっと鳥肌が立って、日本に入ったという実感が一気に込み上げてきました。
P9201092

そして明日の朝には神戸!
ついに帰国までのカウントダウンが始まりました!
P9201080 copy

つづく

The post 大海原を進むフェリー。そして見えてきた日本の大地! first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=18786 2 18786
旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その3 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9310 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9310#comments Tue, 07 Apr 2015 18:33:07 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9310   「決めたら、あとは “えい” って飛び出すだけやで。」 これは、大学院の先輩に相談したときに言われた言葉。 そして、ついに “えい” をする日がやってきた。 […]

The post 旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その3 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
 

「決めたら、あとは “えい” って飛び出すだけやで。」

これは、大学院の先輩に相談したときに言われた言葉。

そして、ついに “えい” をする日がやってきた。
 

(その日の日記)

“2015年2月3日。

えい、した。

ついに、退職することを伝えた。
 

お昼過ぎのこと。

今日絶対えいすると決めてたのに、なかなかできずにいた。

眩暈がした。

画面をじっと見たいのに、画面が右に回ってしまって焦点が定まらない。

何度見ても、すぐに右に逸れてしまう。

落ち着かなければと、目を閉じたら自分の周りがぐるんぐるん回った。
 

そうこうしていたら、チームリーダーとの面談が入った。

なんかこのタイミングの良さは後押しされてる気がした。
 

そして、チームリーダーに現状を伝え、その流れで部長と話して退職の意向を伝えた。
 

一度決めた道は振り返らない。後悔しない。人のせいにしない。

自分で決めたこと。
 

 

帰り道は悲しくて涙が出そうになった。

「だいごろ、わたし仕事なくなっちゃった。」

だいごろが帰ってきたら涙がぽろぽろ零れた。

決断するということは、何かを失うことだと気づかされた。

ハードだけど、面白くて誇りに思ってた仕事がなくなった。悲しかった。”
 

思い返せば、自分で人生の決断をしたことなんて今までなかった。

小学校、中学校に入り、自分の学力に合う高校に入り、学力に合う大学の何となく自分に合ってそうな学部に入学し、なんとなく大学院に行って、それから就活で何社か受けて受かったところに入って、流れのまま働いて。

生まれて初めて、自分の意思で歩き出した。
それが良いことなのか悪いことなのか分からないけど。
 

それから退職まで1ヶ月半。

自分の心が弱い日と強い日が交互にやってきた。

心に潜んでいる迷いや不安が何度も顔を出し、この決断について悩んだけど、もう動き出したものは戻す気はなかった。ただただ時の流れに身を任せた。

不安定な気持ちを押し殺して、ばたばたと旅行の準備をし、引き継ぎをした。
 

あ、そういえば世界旅行を後押しされていると思う出来事が続いたのもこの時期だった。

①パスポートの番号が良過ぎる。
今回の旅のためにパスポートを新しく作り直したら、
パスポートの下六桁が「だいごろの誕生日+わたしの誕生日」だった!!

ちなみに最初の三桁はだいごろが10年以上愛用しているクロスバイクの形式。
(これは私はどうでもいいけど、だいごろがどうしても書いておけと言うので書きます。笑)

②2014年年賀状の1等が当たった!!
この一年は良い年になるに違いない!
まあ、もらえたのはたった一万円だったけど。笑
郵便局も羽振り悪くなったもんだ。昔はもっと良いもの当たってたと思うけどな。笑

③温泉旅行の偶然
退職を告げた日に、東京に住む大学オケの親友に連絡をとった。
「旅に出るよ、その前に会いたいから○〜○日、関東に住むみんなを誘って温泉旅行しよう!!」と。
すると、その日はもともと関東の大学オケの友達たちが集まって温泉旅行に行くことが決まっていた日とぴったり一致。

なかなかすごい偶然だと思いませんか??笑
 

そして、退職の日。
その日の日記にはこう書かれていた。

“2014年3月20日

今日、最終出勤日。
ついにこの日が来てしまった。

生きている限り時間はずっと流れ続け、来たるべき日は来る。

今日は本当にいい一日だった。
今までお世話になった方々に順番に挨拶してまわり、朝から晩まで丸一日たくさんの方に挨拶して、腰が痛くなった。

驚く人やうらやましがる人、いろいろいたけど、応援してくれる人が多くて本当に嬉しかった。

みんなの応援が力になるってほんとなんだなと、初めて実感した。
スポーツ選手がよく言うセリフだけど、ただの社交辞令だと思ってた。今までそんな経験はなかったから。

部長に相談したときの凹みっぷりからは考えられないほど、今は前向きで、本当に、応援してくれたみんなに、後押ししてくれたみんなに、心からありがとうを言いたい。

本当にお世話になりました。

すばらしい経験と、思い出と、人脈を作ってくれたこの会社に、心から感謝!!!!!

一生忘れないです。
たくさんの人に支えられた4年間でした。”
 

(同じ日の日記)

”飛び出したーーーー!!!!!!!
飛び出した、飛び出した飛び出したー、飛び出した!

眼下に広がるのは、真っ白な景色。
霧の中をずーっと落ちているような、それか逆に空を飛んでいるような、そんな不思議な気持ち。

これから待っていることが予測できない、でも怖くない。わくわくであふれている。”
 


 

そしてちょうど一年前の2014年4月6日、私たちは旅に出た。

この一年、本当に数え切れないほどの経験をした。
29カ国を旅して、感動したり、悔しい思いをしたり、けんかしたり、笑ったり、泣いたり、毎日新しいことばかりで刺激的だった。

遠い知らない国だったたくさんの国々は一気に身近な存在になり、どんな人がどんな生活を送っているのか自分の中で思い描けるようになった。

地球がどれくらいの大きさで、どれくらい厳しい自然や豊かな自然があるのかも分かってきた。

そして世界の色んな所に友達ができた。帰る場所ができた。

それってすごいことだなぁと思う。
 

でも、旅に出て良かったかと聞かれると、正直まだ分からない。

旅に出て良かったかどうかは、この後の人生のことも含めてじゃないと答えられない。
結局答えが出るのは死ぬときなんだと思う。
これからどんな人生を送って、その人生に今回の世界旅行がどう影響してくるかにかかってる。

例えば誰かが世界一周旅行に行くかどうか迷っていたとして、「絶対行った方がいいよ!」なんて私には言えない。
きっと旅が大好きなだいごろは行った方が良いって言うだろうけど。
 

結局この決断を正しくするのも台無しにするのも自分自身。

何となくだけど、旅に出て良かったって思える人生になるような気がしています。

とにかく今は日本に帰国するまでのあと半年(予定)を楽しむこと!!

そして、二人とも笑顔で帰国すること!
 

明日からいつもの旅行記に戻りますが、引き続きよろしくお願いします!

The post 旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その3 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=9310 4 9310
旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その2 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9306 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9306#respond Mon, 06 Apr 2015 18:35:11 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9306   そして、仕事を始めて4年弱、世界旅行を悩め始めて2年半の、2013年11月末。 その日仕事から帰ると、だいごろが買った一冊の本が目に飛び込んできた。 「あした死ぬかもよ?」 という、胡散臭いタイトルと変なイ […]

The post 旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その2 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
 

そして、仕事を始めて4年弱、世界旅行を悩め始めて2年半の、2013年11月末。

その日仕事から帰ると、だいごろが買った一冊の本が目に飛び込んできた。

「あした死ぬかもよ?」

という、胡散臭いタイトルと変なイラストが書かれた本。
(気になる方はこちら。▶あした死ぬかもよ?

何気なく手に取ってみて、それから一気に読んだ。
死をイメージして、今の生き方を考えましょう、という内容の本。

その本のイメージトレーニングに書かれていた。
 

「あなたは、今よぼよぼのおばあちゃんです。

そして、まさに今あなたは死のうとしている。
周りには家族が見守っている。

これまでの人生を振り返ってみよう。

あっという間だったでしょう。

どんな人生だった?」
 

そんなことが書かれていたと思う。

そのとき、私ははっきりとイメージした。
自分が死ぬときのことを。

世界旅行に行った人生と、行かなかった人生の二つの人生を振り返った。
 

そして思った。
 

どうせ死ぬなら、思いっきり色鮮やかな世界を見てから死にたい。

そして一人でわんわん泣いた。
 

しばらくしてだいごろが仕事から帰ってきた。

布団に包まって、真っ赤っかの目だけを布団から出して、私は泣きながらこう言った。

「だいごろ、ヒック、、わたし、せかい、りょこう、ヒック、、、いぐ…!」
 

 

そして、私は、私たちは、旅に出ることを決断した。

今までの人生で間違いなく一番悩んだ時期だった。
期間も長かったし、テーマも重かった。
 

年末年始に帰省したときに、家族や仲のいい友達にも話した。
これまでにも散々相談してきたから、みんなよく理解してくれた。

ひとしきり相談して、年を明けてからもう一度よく考えた。

あの本を読んだときのイメージをもう一度してみて、自分の気持ちを確認しようとしたけど死ぬイメージができたのは最初に本を読んだ一回っきり。その後は何度やっても出来なくて不安になった。

でも、そのときの気持ちを信じることにした。

 

世界旅行に行くことは決めた。

あとは、休職できるかどうか。
そう。私は仕事が好きだったから、できれば今の仕事を辞めたくなかった。

でも、思い返してみれば休職したいという思いは中途半端だったな。

いくら今仕事が好きだと言っても、旅から帰ってきて同じように働きたいと思っているかどうかなんて自分自身でも分からないもの。

でもとにかく、部長に相談することにした。
相談したら後戻りは難しくなることは分かっていたから、相談しようと決めてから実際に声をかけるまでに丸々一週間もかかってしまったのだけれど。

その日の日記をそのまま引用してみる。

“2014年1月18日。

今日は私の人生で歴史に残る一日。

○○さん(部長)に、やっと言えた。たった一言。

「ご相談したいことがあるので、お時間いただけませんか?」

今週丸々一週間、何度も言おうとして言えなかった一言。
ついに言えた。

偉大な一歩。
ようやく長い足踏みを終えた。

踏み出した一歩は震えていた。”

あの一言を言った後、自分の足が産まれたての子鹿みたいにがくがく震えていたのを今でも覚えている。

 

それから何度か面接して、会社側としては休職は難しいという話になった。

そりゃあそうだろう。
散々遊びに行って帰ってきて、何の技術も身につけてないのにそのまま働きたいなんて、そんな虫のいい話がある訳もない。

「ちょっと考え直してみて、結論が出たらまた教えて。」
部長はそう言ってくれた。
 

このときの私は世界旅行に行くためのエレベーターに乗ったばかり。

まだドアは閉まってない。

「ちょっと待って!」と言って、ダッシュすればエレベーターから飛び降りれる。

まだ間に合う。

もう一度、最後に考えて、でもやっぱり世界旅行行きのエレベーターの中に踏みとどまることにした。

果たして、このエレベーターは上に行くのか、それとも下に行くのか…。

分からないけどとにかく、ドアを閉めることに決めた。

つづく

The post 旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その2 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=9306 0 9306
旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その1 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9287 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9287#comments Sun, 05 Apr 2015 18:30:41 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9287   きっこです。 今日で私たちが旅に出てちょうど一年。 キリがいいので、今更ですが旅に出ることを決断するまでの話を長々と書きます。 ほんとに長いので三部作です。笑     最初に旅に出ると言 […]

The post 旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その1 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
 

きっこです。

今日で私たちが旅に出てちょうど一年。

キリがいいので、今更ですが旅に出ることを決断するまでの話を長々と書きます。

ほんとに長いので三部作です。笑
 


 

最初に旅に出ると言い始めたのはだいごろ。

きっかけは仕事を始めて2年目のゴールデンウイークに行ったインドだった。
 

インドはとにかく強烈な印象を私たちに植え付けた。
貧富の差、お金に関する考え方、食べ物、服装、音楽、建物、景色…全てがあまりに日本と違っていた。
 

私はインドに行く前も色んな国に行ったことがあった。
ヨーロッパの国々、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アジアの国ではカンボジア、中国など。
 

でも、インドは特別だった。全然違った。

今までで一番、「外国に来た」と思わさせられる国だった。
 

このインド旅行の後、もともと旅行が好きで国内をたくさん旅行してきただいごろは、
世界に目を向けるようになった。

世界旅行に行きたいという夢を描くようになった。

それからかれこれ2年以上、だいごろは私を説得し続けた。
 

その間、会社の長期休みを利用して年に3回も一緒に海外旅行に行った。

イスラエル、ヨルダン、マダガスカル、ケニア、ロシア、ネパール、キューバ、メキシコ
…変わった国ばっかり。笑

その旅行でだいごろは満足するどころかますます旅に出たいという思いを募らせていった。
 

だいごろが行きたい国はたくさんあった。

会社の休みを利用しても行ける国は高々知れてる。
 

例えば南米やアフリカなんかに行こうとすると、
大金を叩いても滞在日数は少ないから何度も行かないといけない。

割に合わないし、行ききれない。

そんな話を何度も聞かされた。
 

仕事から帰ると、毎日のように本が増えていた。

まだ行くとも決まっていない国の地球の歩き方やロンリープラネット、バックパッカーのための本、旅行記。

あとは、自己啓発本。
時間に捉われない人生とか、決断を後押しするとか、死ぬとき後悔することとか、人生の短さについてとか。

本棚はすぐにいっぱいになって、狭い部屋の寝床をどんどん侵食していった。
 

 

最初は全く乗り気じゃなかった。
 

だって仕事が楽しかったから。

私はメーカーで設計の仕事をしていた。

この仕事で気に入っていたところはたくさんあった。
 

私は物を作るのが昔から好きだった。
だから、商品設計できること自体が嬉しかったし、自分が設計したもの、実験したもの、関わってきたものが日本や世界に売られていくのは夢のようだった。

それから、中国やベトナムの工場には頻繁に出張に行っていて、現地の人と一緒に働くのもおもしろかった。
私の海外を知りたい欲はそれで満たされていた。

そして一緒に仕事しているメンバーにも恵まれた。
人間関係のストレスとは無縁の素晴らしいメンバーだった。
納期が迫って厳しい状況になっても、みんなで笑い飛ばしながら乗り切るような明るい職場だった。
仕事のプレッシャーは全て上司が温かく受け止めてくれていた。

給料も申し分なかったし、福利厚生もしっかりしていた。
短時間勤務で働くママさん社員もいたし、子供を産んだとしても続けられると感じられる職場だった。
 

本当に楽に仕事させてもらって、給料だけ詐欺師のようにがっつりともらってきたものだと思う。
 

唯一不満だったのは残業が長くて休日出勤も多かったこと。
そうは言っても日本の一般的なメーカーよりは少ないだろうけど。
 

そんな恵まれた仕事を手放すのは簡単なことではなかった。

私は女性だし、もう二十代後半だから再就職は難しいだろう。

 

 

だいごろは一人で旅に出る気はさらさらなくて、「旅に出るならきっこと一緒に行く」とずっと言われていた。

そんなこと言わずに一人で行ってくれたらいいのにって言う気持ちがたくさん、
そりゃあ一緒に行けたらいいだろうなっていう気持ちがちょっぴり。
 

説得され続けて2年半。
旅に出たらどうする、どこに行く、とか、こんなすごいところがこの国にある、とか、だいごろは毎日のように語った。

徐々に気持ちは揺れ動いていたけど、一歩踏み出すには決め手にかける日々。

「足踏みしてても、靴の底は減るぜ。」

だいごろが買ってきたとある本に書かれていたこの言葉がずっと頭に残っていた。
でも踏み出せない日々は続いた。
 

早く旅に出たくて仕方がないだいごろと、仕事を辞めたくない私。

二人で何度もこれからの人生について相談し、妥協点を見出そうともした。
でも結論はなかなか出なかった。時間だけが過ぎて行った。

辛かったし、何度も喧嘩した。
何度も泣いた。

つづく

The post 旅に出て一年。旅立ちを決断するまでのことを今更書いてみる。その1 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=9287 2 9287
ぽろり旅、ボーイング787に初搭乗。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=1318 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=1318#comments Fri, 16 May 2014 10:00:14 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=1318 11/MAY/2014 from Japan to Mexico いよいよ成田から南米へ向けて出発。 昼過ぎのフライトだったので窓から差し込む光が眩しい。 だんだん暑くなってきたので窓のブラインドを閉めようと手を伸ばすと […]

The post ぽろり旅、ボーイング787に初搭乗。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

11/MAY/2014 from Japan to Mexico

いよいよ成田から南米へ向けて出発。

昼過ぎのフライトだったので窓から差し込む光が眩しい。

だんだん暑くなってきたので窓のブラインドを閉めようと手を伸ばすと、そこにあるはずのブラインドが見当たらない。

あれ?

周りの窓を見渡してみると全ての窓にブラインドがついていない。

これはもしや。

。。。

そうなんです!

我々が何も知らずに乗り込んだ機体はかの有名なボーイング787だったのです。

ボーイング787といえば色々と問題のあった機体。
きっこは例のバッテリー不具合の事をしきりに不安がっていましたが、僕は最近LCCしか乗っていなかたので最新の機体にテンション高め。

これまで数十回(きっこは100回近く)あったフライトで一度も遭遇していなかった憧れの787。
旅立ちにふさわしい機体です。

見てくださいこの窓。
スマートカーテンが採用されて、明るさを6段階で調整できて最高にクール!
P5110028
写真は左の窓を一番明るくして、右の窓を一番暗くした状態。
P5110027
うーんたまりません。笑
 

各座席についているタッチパネルもスマートフォン並みに快適に動作。

トイレも広くて、手をかざせば流れるし、手洗いの水も自動で出る。

さすが“made with Japan”
IMG_2590
主翼も航行状況によってトランスフォーマーのようにガショガショ変形します。
P5120048

P5120051
でも、一番感動したのが機内の湿度。

機体にカーボンファイバーを使用しているので、湿度が高く設定されていて体感できるほど快適でした。
 


離陸前。

滑走路へ向かう機内に流れるバックミュージックはこの前日本で公開されたばかりの映画LIFEの主題歌。

出発の前の一時帰国時にみようと思っていたのですが、日本では公開が終わっていて断念していた作品です。

「機内上映のラインナップにあったら最高なのにね」と2人で話してたら、なんとありました!
P5110039
最高です!!ありがとう787!!笑
IMG_2597
でも、サブタイトルなしの英語版しかなかったので、何度も巻き戻しながら見てようやく理解できたというのはここだけの話。

フィリピンで学んだ英語はどこへ!!笑
P5110043
スマートウィンドウ越しに見る朝日もまた格別でした◎

The post ぽろり旅、ボーイング787に初搭乗。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=1318 5 1318
二回目のいってきます。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=1324 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=1324#respond Thu, 15 May 2014 10:00:54 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=1324 10/MAY/2014 in Japan いよいよ、ほんとの旅がスタートします。 フィリピン語学学校の後、準備のためと友達の結婚式のため、一週間日本に滞在していました。 この一週間がなかなかきつかった… 日本の生活が快適 […]

The post 二回目のいってきます。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

10/MAY/2014 in Japan

いよいよ、ほんとの旅がスタートします。

フィリピン語学学校の後、準備のためと友達の結婚式のため、一週間日本に滞在していました。

この一週間がなかなかきつかった…

日本の生活が快適すぎました。
ごはんがおいしくて、心許せる友達もいて、言葉の壁もなく、警戒する必要もなく、安心の家があって、
布団もふかふか、お風呂も入れて、いつでもトイレがきれい。

もう一度、旅をする気持ちに持っていくのは、びっくりするほどエネルギーの要ることでした。

そんなことは想定してなかった。

もしフィリピンの後、そのまま直行してたらこんな気持ちにならなかったんだろうな。。
 

フィリピンで旅の楽しさと同時に大変さを思い出し、
一ヶ月があっという間に過ぎて行くことにも焦りを覚えました。

結局何も得ずに終わってしまうんじゃないかと不安になりました。

結婚した友達、妊娠を教えてくれた友達、お腹の大きくなった友達、
子育て真っ只中の友達に会って、少なからず羨ましくなりました。

こんな普通の人生でも十分幸せなのに、なぜあえて遠回りして、過酷で不確実な道を選んだんだろう。
わくわくよりも、不安や焦りといったマイナスの感情の方が大きく、旅に出たくないとすら思いました。

 

今は、何とかこのトラベルブルーを抜け出し、冷静に目の前に迫った長旅を見据えています。

旅する中で一番向き合うのは、自分自身なんだ。
そんなことに気付いた一週間でした。

さて、くよくよするのはこれぐらいにして、記念すべき日を笑顔で迎えよう。

今日はだいごろの30歳の誕生日。
最高の一年になるね!

きっこ
 


ついに30になりました。
もう30年も生きました。
長生きです。

そして偶然にも今日が旅立ちの日。
不安半分・期待半分と言いたいところですが、不安100と期待100が交互にやってくる感じです。正直なところ。
まあしかし、何はともあれ、楽しまなければ始まらないので、全力で楽しんできます!!

だいごろ


P5100009
だいごろの高校の親友、ゆうだいとたろうと、たろうのお嫁さんのかおりちゃんが旅立ちを祝ってくれました。
P5090005
だいごろの家で食べた誕生日ケーキ。
3歳。
IMG_2588
いってきます!!

The post 二回目のいってきます。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=1324 0 1324
FUKUSHIMA。復興への果てしない道。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=213 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=213#respond Wed, 14 May 2014 10:00:24 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=213 02/APR/2014 in Fukushima 福島市から東へ。 住居制限区域の飯舘村を走る。 出入りは自由にできるけど、宿泊は認められずお店を開くことも許されない地域。 気休めだと知りながらも、マスクに湿らせたガーゼ […]

The post FUKUSHIMA。復興への果てしない道。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

02/APR/2014 in Fukushima

福島市から東へ。
住居制限区域の飯舘村を走る。
出入りは自由にできるけど、宿泊は認められずお店を開くことも許されない地域。
P4021367

気休めだと知りながらも、マスクに湿らせたガーゼを入れて、放射性物質が身体に入らないように祈る。
緊張感と不安からか、軽い頭痛がするのを押し殺しながら進む。

途中の山間にはいくつも汚染物質が積み上げられていて、田んぼや畑だった場所は表層が除染で取り除かれ、不自然に平坦で地形になっている。
P4021373

P4021377

除染作業に当たる方々。
P4021421

村には民家やお店、郵便局など、いろいろな建物があるけど、どれも閉まっている。
村は人が住んでこそ。
人がいなくなった村は異様な空気に包まれていた。
村が呼吸していないのが分かる。何かの映画に出てきそうな光景だった。
P4021408

そのまま車を東へ走らせ、海岸沿いの南相馬市へ。

南相馬市にも、実は陸前高田市のように一本松がある。

奇跡的にもこの一本松は、まだ命を絶やしていない。
P4021639
町の人を勇気付けるはずのこの松の周りは、汚染物質の袋できれいに囲まれていた。
誰が、何の目的でそうしたのか分からないけれど、今の福島の現状をそのまま現しているように見えた。
立ち上がろうとする人々を阻む汚染物質の存在。
遠目には見えないけれど、確かに存在する魔の手。逃げ場のない威圧感。
P4021645
宮城・岩手の海岸線はきれいに片付けられ更地になっていたのと比べ、福島の海岸線はまだ壊れた家やひっくり返った車もそのまま。
がれきも残っている状態で、他の県よりも明らかに遅れていた。
P4021521
宮城・岩手は海岸線だけが被害にあってるけど、福島は県全体が被害にあっているから除染が優先で手が回っていない。
P4021560
sP4021556
P4021662

廃棄物仮置場の工事。最終的にはどこに行くんだろう。
P4021599

行く当てがなく、放置された廃棄物。
P4021470
そのまま南に行くと、帰還困難地域の浪江町に入る。

許可車しか出入りできない地域。
すれ違う車は大型トラックや、マスクをつけた人をのせたバスばかり。
でも不思議なことに、外で警備にあたっている方はマスクをしていない人が多かった。
sP4021539
sP4021589
1時間ほど走ると立ち入り禁止の看板にぶつかったので、今日は福島市まで引き返すことにした。
P4021491


福島駅の近くにも、線量計が。
今日は0.368μSv/h。
飯舘村で見た汚染物質付近の線量計では1.6μSv/hだったからだいぶ少なく感じてしまうけれど、通常の放射線量は0.008〜0.048μSv/hなので、10倍ぐらい。
P4021692
こんな人が大勢いる町でも、除染作業を行っている。
P4021691
でも、人々は普通に生活していて人も車通りも多い、至って普通の町のように見えるから不思議でならない。

既に避難指示が解除された地域もあるけれど、戻りたいのはお年寄りばかりで、若者は戻りたがらないのでコミュニティが成り立たない。
未来の日本の縮図のよう。
 

この日の夜遅くに、福島に赴任して一ヶ月のみーねーちゃん(きっこの姉)に会った。
新しい環境で大変そう。がんばれー。

福島名物の円盤餃子を食べました。
あと、2件目で福島名物の馬刺とか郷土料理を。
だいごろとみーねーちゃんは日本酒を色々頼んで、美味しい美味しいと言っていました。
P4021683

東北に行った感想は、お母さんの一言に集約される。
「外から見てても何も分からんでしょ。」

ほんとにその通りで、みんながどう考えてるのか分からないし、深く知るには時間が必要。

それでも、復興はまだまだ遠く、特に福島は先が見えないことは分かった。
津波で被害にあった村や、放射能の被害にあった村の中には、
悲しいけれど復興しないまま消えてしまう村もあるんだろうな。

その場所に例え戻れなかったとしても、場所を変えてコミュニティだけは復活させられたらいいのに。
でもそれすらもきっと難しいんだろう。

自分にできることが分からない。
もどかしい気持ちを鎮めるために、せめて募金でもしよう。

The post FUKUSHIMA。復興への果てしない道。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=213 0 213
東日本大震災〜海岸線の街を走る https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=210 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=210#comments Tue, 13 May 2014 10:08:38 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=210 01/APR/2014 in Rikuzentakada, Onagawa, Kesennuma 今日は石巻から北へ向けて海岸線添いに車を走らせます。 途中、何度も津波の浸水区間を示す標識が現れる。 すれ違う車は大型トラ […]

The post 東日本大震災〜海岸線の街を走る first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

01/APR/2014 in Rikuzentakada, Onagawa, Kesennuma

今日は石巻から北へ向けて海岸線添いに車を走らせます。

途中、何度も津波の浸水区間を示す標識が現れる。
P4011015

P4011163

すれ違う車は大型トラックがかなりの割合を占めていて、いかに多くの労力が復興事業に捧げられているかが見てとれました。

まず訪れたのは南三陸町。
テレビで何度も見た事がある防災対策庁舎。
3階立てのこの建物の屋上がすべてつかるほどの高さの津波が押し寄せた。
この建物の前に立ち津波の高さを思い浮かべ、人間の小ささを感じずにはいられませんでした。

こんな高さ…ひとたまりもない。
どんなにもがいてもあがいても、どうにもならない。
P4011022

P4011029

陸前高田。

いくつか海岸線の町を見た中で、陸前高田だけは異質だった。
今まで見た町は、がれきが撤去され何もない更地になっていたけれど、この町は近未来都市のようになっていた。
sP4011159
高さ何十メートルもある巨大な設備が山からこの町に向かって伸びてきていて、町全体に張り巡らされようとしていた。
陸前高田のシンボルである一本松がどこにあるのかさえ見つけられなかった。
sP4011157
聞くところによると、山を削ってこの町全体を高台にするのだとか。
トラックで運ぶと10年かかるが、この設備を使えば3年でできるとのこと。
でも、本当にこの町の人はそのことを望んでいるのだろうか?
いったいどれくらいのお金がこの埋め立てに必要なのだろう。。
おそらく、被災者が求めているのは場所へのこだわりではなく、コミュニティの再編。
昔ながらの近所付き合いを復活させたいのだと思う。
それならもっと別の方法もあるんじゃないかな。。。
調べてみないと確かな事は言えないけど。
 

海岸線に7万本もあった松の中で唯一残った一本松。
松は死んじゃったけど、町のシンボルとして保存するために特殊な処理をして、またここに戻ってきた。
陸前高田市が募金を募り、目標の1億5千万円に到達したんだとか。
この一本松は、それだけ必要とされる存在なんだ。たとえ息絶えていても。
P4011132

津波の威力は、木を簡単にへし折ってしまうほど大きかった。
P4011093

道の駅はそのままの状態で保存されていて、
中は配線がむき出しでがれきでいっぱいになっていた。
sP4011096

sP4011103

この日は風が強く、風が吹くたびに中のがれきが不気味な音をたてる。
この光景をみて、震災遺構も簡単じゃないという話が少し分かった。
いつ、がれきが飛び出してきて、近くの人に危害が及ぶか分からない。
どんどんぼろぼろになってしまうし、保存するのも大変。
 

女川町。
鉄筋コンクリートの建物は津波にも強いと言われてきたけど、この町ではたくさんの鉄筋コンクリート建物が倒壊してしまった。
sP4011284
旧女川警察署
P4011303
江島共済会館。
倒れてしまい、十数メートル移動してしまっている。
緑色の部分が天井だった部分。
P4011325
P4011324
P4011323

この施設のすぐ近くに、七十七銀行女川支店がありました。
震災後、津波が来るから屋上に避難するようにと指示があり、13人が屋上に避難しました。
そして、12人が亡くなったそうです。

目と鼻の先に高台があり、走れば1分の距離だったにも関わらず、多くの命が失われてしまいました。
屋上に立ち、迫り来る津波と自らの死を直視しなければならなかった方々。
目の前の高台に避難しなかったことの後悔と絶望を思うと、本当にいたたまれない気持ちでいっぱいになります。

津波の予報を正確にできていたなら、どれだけ多くの命が助かったんだろう。

The post 東日本大震災〜海岸線の街を走る first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=210 1 210
日本を離れる前に訪れておきたかった場所 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=207 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=207#respond Mon, 12 May 2014 10:00:38 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=207 31/MAR/2014 in Ishinomaki さかのぼる事1ヶ月。 フィリピンへの旅立ちを前に、日本を離れる前に必ず訪れたい場所がありました。 東日本大震災の被災地。 日本で最も世界から注目されているこの場所を知ら […]

The post 日本を離れる前に訪れておきたかった場所 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

31/MAR/2014 in Ishinomaki

さかのぼる事1ヶ月。

フィリピンへの旅立ちを前に、日本を離れる前に必ず訪れたい場所がありました。

東日本大震災の被災地。
日本で最も世界から注目されているこの場所を知らずに日本を離れることはできないと感じ、
世界旅行にいく事が決まった直後から最初に訪れようと決めていました。

もう丸三年以上経つけれど、震災後にまだ一度も訪れたことのない場所。

仙台空港へ降り立ち、市街へ向かう電車の窓から見えた海岸添いには家がほとんどありませんでした。

仙台駅周辺は5年ほど前に訪れたときと何らかわらぬ光景でしたが、震災のときは仙台も道路がぼこぼこになったり、至る所が崩れたりしてたので、ここまで復興したということ。
町の復興は速い。
sP3310916

ここから、石巻までバスで向かう。

駅からほど近い「藤や食堂」で石巻焼きそばを食べることに。
P3310929

石巻焼きそばの特徴は茶色い蒸し麺と、自分でかけるソース。
ソースなしで食べると魚介類の香りがしていて、オリジナルソースをかけるとさらに美味しかった。
P3310931

ごはんのあと、店主に恐る恐る津波のことを聞いてみた。
強面に見えた店主は饒舌で、たくさんお話してくれました。
P3310935
お店は1m以上浸水したこと。
コルクボードのシミの高さまで水があったこと。
周りの建物の多くが倒壊したこと。
お店の前の通りで亡くなっていた方もいたこと。
地震の揺れで冷蔵庫が倒れ、危うく下敷きになるところだったこと。
店主は津波を恐れてすぐに避難したこと。
津波で助かっても、低体温で亡くなっていく方もいたこと。
娘さんと連絡がとれたのは4週間後だったこと。
お店を再開できたのは震災から半年後だったこと。
製麺所7社のうち、6社が流されてしまったこと。
今は5社まで回復したこと。
近くの大型店では、イオンモールだけが住民に避難所として解放していたこと。
一時2500人もがイオンモールに避難していたこと。
などなど。

大変な経験をされているはずなのに、坦々と事実を教えてくれました。

お店の近くは普通に道が通っていて、お店も立ち並んでいて、一見被害はなさそうだったけれど、復興した結果だったということに驚いた。

津波のこと意外にも、石巻の歴史、石巻焼きそばの歴史や、お店の生い立ち(昭和20年創業)、中村雅俊と同級生だったことなど、いろいろ教えてくれました。
P3310937

その後、日和山に登ると被災の状況がよく分かるよ、と教えてもらい登ってみることに。

日和山は高さ60mの小さい山。
山の頂上が公園になっていて、海岸がよく見通せました。
見渡すとただの更地に、真新しいお墓がたくさんありました。
公園には被災する前の写真が貼ってあって、いかに多くの建物が流されてしまったのかが見てとれました。
sP3310950

sP3310971
門脇小学校は、津波火災に見舞われ、使えなくなっていました。
今は、高台の中学校グランドに仮設校舎を立てて運営しています。
sP3310976

P3310942

実際に自分の目で見ても、想像をはるかに超えていて、現実味がない、不思議な感覚でした。


帰ってから、震災のときの日和山からの動画を見ました。

雪の舞う寒い日。
たくさんの方が、薄着のままで避難していました。
タクシーが山に押し掛けていました。

何分待っても特に何も起こらず、みんな何事もないんだとたかをくくっているように見えました。
それから突然、家が川の上流に流されてきて、それからあっという間に町が海の中に沈んでしまった…

避難している方々の悲鳴やどよめきがすべてを物語っていました。

The post 日本を離れる前に訪れておきたかった場所 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=207 0 207