Bosnia&Herzegovina / ボスニア・ヘルツェゴビナ - 世界ぽろり旅 https://amonkeybb.sakura.ne.jp 日本からぽろりと飛出し、涙をぽろり。耳寄り情報もぽろりします Tue, 25 Nov 2025 01:28:48 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.26 80321178 【奇跡!】ヒッチハイクしてたらハリウッド映画に出演する事になりました。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13226 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13226#comments Tue, 04 Aug 2015 21:50:22 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13226 04/JUN/2015 from Sarajevo to Uzice サラエボを後にし、次に向かうのはお隣の国セルビア。 朝11時からヒッチハイク開始です。 止まってくれるかなぁ。 なかなか止まってくれないなぁと思ってい […]

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04/JUN/2015 from Sarajevo to Uzice

サラエボを後にし、次に向かうのはお隣の国セルビア。

朝11時からヒッチハイク開始です。
止まってくれるかなぁ。
P6040228

なかなか止まってくれないなぁと思っていたら、向こうから歩いてきたおばさんが僕たちの少し前に立ちました。
そして、おもむろに手を水平に上げるおばさん。

まさか…!

そう。なんと、このおばさんもヒッチハイカー!
地元のおばさん&おじさんでもヒッチハイクするんだ!!
まさかのライバル出現です!!笑
P6040224

手当り次第に親指を立てる僕たちと違って、おばさんは乗せてくれそうな車を見分けて効率よくアピール。
僕たちよりも早く乗せてくれる車を見つけて去って行きました。さすが!
 

その後、欧米人バックパッカーの青年も僕たちの前を通りがかりました。彼もヒッチハイクするみたい。
「ここでヒッチしてるんだね。じゃあ僕はもうちょっと下流のところでヒッチハイクするよ。」、と言って去って行きました。ヒッチハイクのマナーをちゃんとわきまえていて良い感じ。

さっきの地元のおばさんは後から来たのに堂々と僕たちよりも上流でヒッチハイクしてたし。
多分地元の人の間ではそんなルールはなくて、止めたもん勝ちなんだろうな。笑
 

スルプスカ共和国を抜けてセルビアを目指せ!

しばらくヒッチをしていたら小腹が空いたので、ボスニアの伝統的なパンを頬張ります。
どこのパン屋でも売っているこのグルグル巻きのパン。中にはチーズや肉が入っています。
味が濃いのであまり一度にいっぱいは食べられないけど、カロリーが高そうなのでヒッチハイクにはうってつけです。
P6040229
 

それから、しばらくすると1台の車が止まりました。
「乗せてあげるけど、荷物をちょっと降ろしてくるから待ってて。」
そう言って去って行った車。

しばらく待っていると、戻ってきました。
英語が全く喋れないけど「ファイブ・ユーロ!」と連呼しているので、5ユーロで乗せて行ってくれるっぽい。

チップで5ユーロ払うぐらいならまあいっか、と思って乗り込みます。
そして念のため携帯の電卓で運転手に値段を確認すると、なんと表示されていたのは50ユーロ!!
事前に確認しといて良かった…危なかった…。

その場で急いで降りて、元の場所まで数百メートルぐらい歩いて戻ります。
 

その後、気を取り直してヒッチを再開すると、その10分後ぐらいに一台の車が止まってくれました。

乗せてくれたのはヤブス。
トルコ人で13年前からボスニアに住んでいる人で、英語は話せません。
ヤコブの両親はトルコにいるので、15時間かけて車で会いに帰ったりしているそうです。
P6040238

ヤブスはパストリーでシェフの仕事をしていて、今日は仕事で50キロぐらい先のゴラジュデという街に行くので、そこまで乗せて行ってくれる事になりました。
 

途中、車で走っていると「スルプスカ共和国」の看板が見えました。
ここはボスニア・ヘルツェゴビナの一部で、ボシニャック人が住むボスニアとは違い、ここはセルビア人を主体とする共和国。
一つの国の中に複数の民族がいるから争いになってしまう。民族が違うというだけで争ってしまう悲しい現実。
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今日も絶好調のヒッチハイク!!

それから1時間ほどでゴラジュデに到着。ありがとう。
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さあ、ヒッチ開始!
…と思ったらすぐに車が止まった。

え??一瞬夢かと思ったけど、ドライバーが乗れ!というジェスチャーをしてる!
まさかの開始3分でヒッチ成功!!こんなの初めてだ!!
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乗せてくれたのはボスニア人のラダン。
セルビアの山奥でハチミツ屋さんの仕事をしているそうです。
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僕たちと同年代のラダン。
恐る恐る戦争の話を聞いてみると、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦争の時に彼は9歳だったそう。
戦争で親戚が2人も亡くなったけど、今は平和に暮らしている。と言っていました。

同じ時代をのほほんと過ごしてきた僕たちと違って、大変な時代をくぐり抜けています。

あと周辺国々との言葉の違いについて聞いた時に、「この辺の国の人たちは完全に同じ言葉を話すのに、セルビア語だボスニア語だと分けたがる。馬鹿げてるよ。」と言っていました。
 

しばらくすると道路に立っている地元のヒッチハイカーを発見。
優しいラダンは彼も拾ってあげていました。

これは途中に通った世界遺産の街。
ラダンによるとこの橋が有名みたいです。
P6040280

そしてセルビアに入国!
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しばらく走った山の中のレストランで降ろしてもらい、ラダンと別れました。
どうもありがとう。
 

セルビアで映画出演のオファーを受ける。

車から降りたらすぐに雨が降ってきたので、レストランの軒下で雨宿り。
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サラエボで買ったパンをむしゃむしゃ食べていると猫が。
あと1個しかないからやらんぞ!
P6040346

そんな顔したって絶対やらんぞ!!笑
P6040350
 


雨がやんだらヒッチ再開。
全然車が通らない道で1時間ぐらい待ってたら、一台の車が止まりました。

「君たち日本人?こんなところで何してるの??笑」

助手席に乗っていた男性が笑いながら話しかけてきました。

”ヒッチハイク。笑”

「だろうね。笑 俺たちは今セルビアで映画の撮影しているんだ。でもウジツェには行かないんだ。ごめんよ。」
そう言って、走り去って行きました。
 

と思ったら50メートル先ぐらいで止まって、バックで戻ってきた!
P6040356
 

「君たちはこの後どこへ行くの?」

”このままヒッチハイクでトルコに行こうと思っています。”

「もし時間があったら俺たちの映画に出てみないか?日本が舞台の映画なんだ。エキストラだから何も喋らなくて大丈夫だから。」

”え、映画に?”

戸惑っていると、バンの中から日本人が出てきました。
「私たちもエキストラですけど宿泊や食事はタダだし、一日最低でも150ユーロはもらえますよ。」

”えっ?! 150ユーロ!! 一日で?!!”

”出ます!!笑”

金額に目がくらんだ僕たちは即決で連絡先を交換。
内容すらよく分かってないのにセルビアでの映画出演を決めたのでした。
 

「じゃあホテルに戻ったらメールでスケジュールを連絡するから。ありがとう!」
そう言い残してバンは去って行きました。
P6040355
 

…。

…勢いで出演すると言ってしまったけど、そんなうまい話ほんとにあるのかなぁ?
アジア人目当ての新手の詐欺だったりして?
撮影と称して山奥まで連れて行かれて身ぐるみ全部はがされるんじゃないかな?

後から考えたら怪しいとこだらけで、怖くなってきた。
中に乗っていた日本人もだまされてるんじゃないのかなぁ。

まあ、後でメールするって言ってたし、ひとまずそれを待つ事にしよう。
 

カウチサーフィンのホストに知らされた驚愕の事実。

自称映画のスタッフたちと別れた後は、再びヒッチハイク。

始めてからほどなくして大型のトレーラーが止まってくれました。
乗せてくれたのはトルコ人のフミット。またトルコ人だ!
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フミットが運んでいるのは水。
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今はイスタンブールからサラエボまで水を運んだ帰りだそう。そんな長距離を運転するなんて大変だなぁ。
そう言えばオーストリアでヒッチハイクしていた時も大型トラックはトルコからのトラックばかりだった。
きっとトルコはヨーロッパ諸国の工場みたいな位置づけなんだ。

これがフミットが持っていた手書きの地図。これを頼りに運転しているのだとか。
言葉もフランス語とトルコ語しか話せないから大変そう。
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南米でもよく乗せてもらってたけど、やっぱりトラックは座席が高いから見晴らしが良くて気持ちいい!
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道々にはセルビア正教の教会もたくさん。
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そして、美しい田舎道を抜けると見えてきました。ウジツェの街です。
でかい!!ウジツェはベオグラードに次ぐセルビア第二の都市だそう。
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フミットにはトラックが止まりやすそうなガソリンスタンドで降ろしてもらいました。
どうもありがとう!
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ウジツェではカウチサーフィンで見つけたホストの家にお世話になる予定。

ホストの家はウジツェの郊外にあるので、ガソリンスタンドから1.5kmぐらい歩きます。

「僕の家は地図のこの辺り。3階建てでバラの花が地面から3階まで育っている建物だよ。」
ホストが事前に家の情報を教えてくれていました。

バラの花が3階まで??

どんな家なんだろう?
ワクワクしながら家を探していると…

見つけた!間違いない、この家だ!!
P6050408

家のドアをノックしても反応がないのでしばらく階段で待ちます。

そしたらそこらじゅうに猫が!
バラと猫の楽園。まるで天国のような家だなぁ!笑
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しばらくすると、玄関のドアがあきました。
今回ウジツェでお世話になるのはリッキーという男性。

リッキーは映像や写真の撮影、編集をする仕事をしているそうで、仕事中だったからノックの音に気付かなかったみたい。
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リッキーはフリーランスで働いているから「ほどほどに仕事して、たくさん旅行する。」というライフスタイルだそう。旅先で出会う人たちはフリーランスで働く人がかなり多い。
 

”そうそう、そう言えばさっき山の中で映画に出演しないかって誘われたんだ。嘘みたいな話でしょ?”

軽く自己紹介を終えた後にリッキーに映画の話をしてみると、彼の口から思いがけないセリフが…。

「それレディガガの彼氏が出てるやつでしょ?日本の森を舞台にした映画で、セルビアでロケをしてるんだよ。」

”え??知ってるの??”

”ていうか、レディガガって?!!”

つづく

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南京虫の攻撃で顔面フルボッコ × 世界大戦の震源地 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13224 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13224#comments Mon, 03 Aug 2015 21:50:19 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13224 02~03/JUN/2015 in Sarajevo たまたま通り道にあったから立ちよっただけだったけど、意外にも二人とも気に入ってしまったモスタル。 美しい街並と紛争の爪痕が共存する印象的な街でした。 宿もすごく居心地 […]

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02~03/JUN/2015 in Sarajevo

たまたま通り道にあったから立ちよっただけだったけど、意外にも二人とも気に入ってしまったモスタル。
美しい街並と紛争の爪痕が共存する印象的な街でした。

宿もすごく居心地が良かった。
“Hostel David” という名前の宿。オーナーがとっても親切でおすすめです。
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サラエボに向けてヒッチハイク

さて、今日も朝からヒッチハイク。
宿の近くは車通りがいまいちだったので、ヒッチハイクできそうな駐車場まで2kmぐらい歩きます。
車がすぐ横を猛スピードで通るからこわい…。
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この辺かな。
日陰は全くないけど、車が止まりやすそうな場所を選んでヒッチ開始です。
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暑い…。
今日も結構大変そうだなと思っていたら、40分ぐらいして車が一台止まりました。

止まってくれたのはセオという名の男性。
英語が全然喋れないけど乗せてくれた。ありがたい。
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走り出してすぐに、窓に貼られた紙を指差しながら何やら伝えようとしてくるセオ。
言ってる事を理解するのにかなり時間がかかったけど、どうやらこの車は売り物で、サラエボまで運んでいる途中みたい。
P6020012

道中には警察がたくさん。
セオは警察を見つける度に「ポリツィア・ニーア・ドーブラ」(警察は良くない)と言っていました。

途中、坂道でサイドブレーキ引き忘れて、思いっきり後ろの車にぶつかりそうになってひやり。売り物に傷がつかなくて良かった…。
 

この辺りはずっと山道。
断層が斜めに走ってる山が続いてたり、湖もあったりして自然豊かでした。
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途中でセオが立ち寄ってくれた水場の水も美味しかった。
この水は「ドーブラ・ボダ」(良い水)だそうです。
P6020046
 

しばらく走ると道路の看板にサラエボの表記。
キリル文字で併記されているのが旧ユーゴスラビアって感じです。
P6020059
 


そしてセオに乗せてもらってから数時間でサラエボに到着。
トラムの終点の近くで降ろしてもらいました。

降りた目の前にはモスクが。
モスタルと同じくここもムスリムがたくさん住んでいる街みたい。
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そこから、ボロボロのトラムに乗りこみます。
P6030069

そして、宿があるサラエボの中心部に無事到着しました。
今日もヒッチハイク成功です!
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泊まったのは、”Hostel Ljubicica” という、サラエボに来るバックパッカー御用達の一人税込5.5ユーロのドミトリー。

しかしこの宿で悲劇が…!
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夜、枕元でむずむず、ごそごそ…
この感覚…

朝起きたら、顔面フルボッコにされていました…涙
ひどい…!
IMG_3244

これは南京虫の仕業。
今回もだいごろは無傷で、やっぱり私だけ被害に遭いました。。
一見きれいそうなホステルだったのに…。

ちゃんと綺麗に治るかな…心配になります。

ここは窓がなくて常に薄暗くてじめじめしてたから、南京虫の温床になってたみたい…。
2段ベッドの下の段で寝たのも失敗だった。刺される時は下の段で寝た時の方が多い。

ちなみにここには2泊して、次の日はだいごろが下の段で寝たけど、だいごろは全く被害なし。
だいごろの血を輸血したら南京虫に刺されなくなるかな…。
 

サラエボの街。

宿の目の前にあったのはサラエボの街の中心。
広場には水飲み場があり、みんなの憩いの場になっています。
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そこから街を歩いてみるとモスクだけでなく教会もありました。
P6030181

こっちにはセルビア正教の古い教会。
すぐ近くにはユダヤ教のシナゴーグまでありました。
P6040506

サラエボは教会とモスクがうまく共存している街。

ヨーロッパ風の建物、教会の鐘の音、そこを歩く欧米人の顔立ちの人々とベールをかぶったムスリムの女性たち、路地から香ってくるシーシャの甘い匂い、街に響き渡るアザーン、ここはどこ??
何よりボスニア・ヘルツェゴビナが大多数がムスリムの国だなんて全然知らなかった。
街を歩いている時、宿にいる時に聞こえてくるアザーンがとにかく衝撃的だった。

 

これは街中で見つけたアラブ菓子っぽいお菓子。
モスクもボスニアに入ってから突然増えたし、だんだん中東に近づいてきた感じがします。
P6030104

公園では男性陣が巨大チェスをする姿も。
中央の傘を持ってるおじさんがめちゃくちゃ強いそうです。
P6030171

サラエボの街の真ん中には川が流れ、落ち着いた街並。
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でも、そんなサラエボで誰もが一度は聞いたことがあるであろう大事件が勃発しました。

事件が起こったのはサラエボの中心にあるこのラテン橋。
1914年6月、セルビア人の青年がオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子夫妻を暗殺。
それが第一次世界大戦の引き金になってしまいました。
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皇太子夫妻が暗殺されたのは、橋を渡る手前のまさにこの場所。
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もともとここにはモニュメントの塔があったらしく、ガラスのパネルに「ここにモニュメントがありました。」という説明書きがあったけど、そのパネル自体もばきばきに割れてて全く読めない…。
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近くの建物には当時の写真が展示されていました。
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サラエボトンネル

街歩きの後は、トラムに乗ってサラエボトンネルと言われる場所へ向かいます。

1991年から1995年まで続いたボスニア・ヘルツェゴビナ紛争。
戦争の歴史がまだ浅いサラエボの街には、紛争の爪痕がたくさん残されていました。

トラム沿いの道は当時「スナイパー(狙撃兵)通り」と呼ばれていました。
この通りでは動くもの全てが標的になり、たくさんの人が撃ち殺されたそうです。

通りの両脇の全ての建物に数えきれないほどの銃弾の跡が。
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焼けこげた窓も。
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そんなスナイパー通りに面したこの『ホリデイ・イン』というホテルは、紛争真っ只中でも営業を続け、たくさんのジャーナリストたちが宿泊していたそうです。
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トラムを降りてからバスを乗り継ぎ、一見のどかな家々のある通りをサラエボトンネルに向かって歩きます。
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でもよく見てみると通り沿いの家には数えきれないほどの銃弾の跡。
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未だに残る紛争の傷跡に驚きながら歩くと、サラエボトンネルに到着しました。
この建物も銃弾の跡だらけです。
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1992年から1995年の4年間、サラエボはセルビア人勢力に包囲されていました。
この地図の赤い部分がセルビア人勢力、それ以外の部分がサラエボに暮らすボシュニャック人勢力の支配エリア。
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でもこの地図からも分かるように、完全には包囲されておらずほんの一部だけ繋がっている部分があるのが分かります。
この場所にあったのが国連の空港。今現在も空港として使われている場所です。
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この地下には実はトンネルが掘られていて、包囲網の外側からこの民家へと繋がっていました。

ここがトンネルの入口。
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中に入ってみると、腰を屈めないと通れない低い地下道。これが800mも続いています。
木は暖房に使われるために当時貴重な物資だったため、金属で作られています。
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紛争当時は、このトンネルを使って様々な物資が運ばれました。
通信システム、電気のケーブル、石油のパイプラインも引かれていました。
ここに運ばれてくる鶏の卵ですら当時は贅沢品だったそう。
 

トンネルの周りには当時の傷跡がまだ残っていました。

地雷注意の看板や
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爆弾の跡。
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トンネルの入口では当時の映像が流れていましたが、紛争真っ只中なのに、トンネルを行き来する人々はみんな平然としていてカメラに向かって笑顔を見せる人もいました。

トンネルから出たら、おばちゃんが水だかお茶だかを兵士に配っていて、その様子も工事現場で働く人が水をもらうときみたいな感じ。

紛争中っていう危険で異常な状況でも、長く続くとそれが日常になっていくんだ。
 

サラエボの丘の上から

サラエボの街中にはこんなものもあります。
これは「サラエボのバラ」と呼ばれていて、紛争中に砲弾による死者を出した爆発の跡を、後に赤い樹脂で埋めたもの。
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街中には本物のバラもたくさん植えられていました。
悲しくむごいサラエボのバラと、華やかで美しい自然のバラ。対照的な存在です。
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続いて向かったのはオリンピック跡。
1984年にオリンピックが開催され、その5年後に紛争が起こってしまいました。
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だから、広大な敷地のほとんどはボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で亡くなった方の墓地として使われることになりました。
 

夕方、その近くにあった丘の上に登ってみることに。

すると、ここにも所狭しとならぶ真っ白な墓標。
亡くなった日付を見ると、やっぱり紛争のあった年代ばかり。
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丘の上に座ってサラエボの街を眺めながら折り紙でバラを折ってみた。
ここから見える街は平和そのもの。少し前まで紛争をしていたなんてとても思えない。
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第一次世界大戦のとき、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争のとき、こうやってきれいな夕陽を見ることができた人はどれほどいただろう。

墓標のひとつひとつが、悲しい過去を忘れさせないように訴えてくるようです。

そして、このとき頭をよぎったのは今も世界中で起こっている戦争のこと。
世界中の戦争をしている国々も…早くこの場所のように争いが過去のことになりますように…。
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ドゥブロブニクを目前にして行かないという選択 × 悲しいお土産が並ぶ街 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13124 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13124#comments Sun, 02 Aug 2015 21:50:04 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=13124 01/JUN/2015 in Mostar 数週間前のイタリアでは近くまで行ってたのにヴェネツィアに行かず、今回もバスで数時間のところまで来ておいてドゥブロブニクをスルー。 旅に出る前は絶対に行こうと決めていた場所にまた […]

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01/JUN/2015 in Mostar

数週間前のイタリアでは近くまで行ってたのにヴェネツィアに行かず、今回もバスで数時間のところまで来ておいてドゥブロブニクをスルー。
旅に出る前は絶対に行こうと決めていた場所にまたしても行かない。
あとで後悔したりしないかな?

すごく悩んだけど、行かない事に決めた。
だってどんな絶景も、どんな世界遺産も、ヒッチハイクやカウチサーフィンをして現地の人たちと触れ合っている時の楽しさには敵わないから。
だからこの先にもっとたくさんの出会いと巡り会うための時間を残すために、ドゥブロブニクには行かないでいい。
お金も節約出来るし!笑
 

クロアチアからボスニアへ。

という事で今日はクロアチアを後にしてお隣のボスニア・ヘルツェゴビナへと向かいます。

ドゥブロブニクを諦める時に色々と考えた結果、今日はヒッチではなくバスで国境を超えてしまうことにしました。観光客が多すぎてヒッチハイクがしにくいアドリア海沿いを抜けてしまって、ボスニアに入ってからゆっくり旅をする作戦です。

スプリトのバスターミナルからこんなミニバンに乗って出発!
目的地はボスニアのモスタルという街です。
P6010082

それにしても、バスに乗って着いた先の街には宿が確保されてるのって、なんて安心感があるんだろう。
しばらくヒッチハイクと野宿生活が続いていたから、今から何も考えずに次の街に移動できて、シャワーを浴びて、ベッドで寝られるって考えるだけで気分がウキウキしてきます。
 

スプリトを出た車は山道をぐねぐね進み。
P6020143

国境を越えてボスニアIN!
P6020109

ボスニアに入ると、素朴な民家とぶどう畑。
見てる限りだと、ほとんど全ての家にぶとう畑がありました。
P6020107
 

そしてモスタルに到着。
同じバスに乗っていた韓国人の夫婦と一緒に宿を探します。
P6020156

見つけたのはこんな宿。
1階には中庭、2階にはウッドデッキがあって、着いて早々にクッキーとウェルカムコーヒーをくれました。
キッチンはなんと2つもあって、こんなに広々。
P6020160

ベッドもふかふかで清潔感があります。今日はなかなかいい宿だ!
P6020159

そんな宿を見てきっこが、”安心して眠れるところがあるっていいな。”と、つぶやきました。
そう。毎日寝る場所があるという事はすごく幸せなことなんだ。
この日の夜にベッドで横になるときは、ものすごく幸せな気分になったのを覚えています。
 

ムスリムの街モスタル。

しばらく宿で休憩した後は、モスタルの街を散歩。

宿を出るとすぐに目に入ったのはモスク。
東ヨーロッパに入ってからは教会ばかりでモスクを目にする事がほとんどなかったので、僕たちにはすごく意外に感じられました。
P6020196

そしてしばらく歩いたらここにもモスク。
よく見ると街のそこらじゅうにモスクがあります!
P6020169

さらにイスラム教の墓地まで!
P6020210

気になったので後で調べてみると、ボスニア住民の大半はボシュニャク人という民族で、イスラム教を信仰しているそう。
ボスニアって東ヨーロッパの一つの国というイメージしかなかったけど、まさかこんなにもムスリムが多い国だとは思ってもみませんでした。驚きです。
 

そしてモスタルの街を歩いていてもう一つ目についたのが、破壊されてボロボロの建物。
P6020187

よく見ると銃弾の跡が無数に残っています。
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実はこれ、1992年にボスニアがユーゴスラビアからの独立を宣言した後に、ユーゴスラビア人民軍がモスタルを爆撃した時に被害を受けた建物。
今も取り壊されずに残っています。

それに街を歩いている時に立ち寄ったお土産屋さんには、紛争時に道に散乱していた薬莢で作られた戦車やボールペンなどのお土産。
戦争が終わってもう20年も経つのに、まだこんなものがお土産になるほど残っているなんて…。
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そんな土産物屋が並ぶ通りを抜けると、モスタルのシンボル『スタリ・モスト』が見えてきました。
スタリ・モストは16世紀に作られた橋ですが、紛争時(1993年)に破壊されてしまったので、現存しているのは再建されたもの。ボスニア・ヘルツェゴビナ初のユネスコ世界遺産に登録された建築でもあります。
P6020230

橋の傍らには『Don’t forget ’93』と書かれた石が置かれていました。
P6020266

夕暮れ時になるとライトアップされるスタリ・モスト。
再建されたものとはいえ、街の雰囲気と調和した形がすごくきれい。
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日が沈むと川沿いにたくさん見えるモスクから聞こえてくる大音量のアザーン。
そして近くの店から漂ってくるシーシャの匂い。

ボスニアってこんなにたくさんムスリムがいる国だったんだ。

ボスニアに来る前に持っていたイメージと、自分が今置かれている環境のギャップに驚きつつも、
なんだかボスニアという国の空気がものすごく新鮮で、心地よく感じられます。
P6020253

そして次に向かった街で、僕たちはそんなボスニアの悲しい歴史を知る事になるのでした。

つづく

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