Recommended posts / おすすめ記事 - 世界ぽろり旅 https://amonkeybb.sakura.ne.jp 日本からぽろりと飛出し、涙をぽろり。耳寄り情報もぽろりします Tue, 25 Nov 2025 01:28:48 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=4.9.26 80321178 あら子の大冒険1〜キルギスの山奥で出会った子犬の物語〜 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=16459 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=16459#comments Thu, 24 Dec 2015 21:50:48 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=16459 19/AUG/2015 in Karakol *全6話でお届けする子犬と僕たちの大冒険のお話。想像もつかないような展開が待っているので、ぜひ最後まで読んでみてください◎   今日はキルギスの山奥でトレッキングを […]

The post あら子の大冒険1〜キルギスの山奥で出会った子犬の物語〜 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

19/AUG/2015 in Karakol

*全6話でお届けする子犬と僕たちの大冒険のお話。想像もつかないような展開が待っているので、ぜひ最後まで読んでみてください◎
 

今日はキルギスの山奥でトレッキングをする初日。

前日は夜2時までヌルディンさんや宿泊客と話したり、ブログを書いていたのでちょっと寝坊。
 

朝10時前に宿を出て、101番のマルシュルートカ(ミニバス)に乗って出掛けます。

でも、道路工事のせいで101番のマルシュルートカがいつもと違うルートを走っていたので見つけるのが大変だった…。

マルシュルートカを探してうろうろしていると近所の子供が写真撮ってー、と絡んできました。
P8192491

30分ぐらいマルシュルートカを探し回ってようやく乗車。
トレッキングのスタート地点となるチェックポイントを目指します。
 

私たちが今回歩くのは、カラコルの街から歩いた山奥にあるアラコル湖に向けたトレッキングルート。

カラコルの街からスタートして、初日はキャンプサイト泊。二日目にアラコル湖を超えてアルティンアラシャン村泊。三日目にトレッキングとマルシュルートカでカラコルの村に戻ってくるルートです。

南旅館の情報ノートにも書いてあるルートですが、これから行かれる方は参考にしてみて下さい。
IMG_3491
 

アラコル湖へ向けて出発!

なんやかんやでチェックポイントに着いたら11時前。
寝坊しちゃったから仕方ないとはいえ、今日の目的地までちゃんと辿り着けるかちょっと心配です。

チェックポイントではトレッキングルートへの入場料250ソムを支払います。
P8192498
 

チェックポイントからは美しい川沿いの、のどかな田舎道を歩きます。
P8192509

小さい集落を抜け。
P8192507

この先は山奥のベースキャンプに向けて6時間ぐらいのトレッキング。
天気もいいし平坦な道なので楽チンです。
P8192516
 

それにしても綺麗な景色!
青々とした草原と雄大な山々に見とれてしまいます。
P8192513

ん?なんか山肌につぶつぶしたものがある、と思ってよく見てみると…
P8192521

よく見ると黒いつぶつぶは全部牛でした!
すごい数!
P8192524
 


2時間ぐらい歩いたらお昼ご飯。
カラコルのスーパーで買ってきたパンを食べます。

トレッキングには糖分がいるからと思ってチョコレートクリームを買ったつもりでしたが、チョコがちょっと入った羊のバターでした。臭みがあるし脂っこいだけで味はイマイチ。。
P8192529

喉が渇いたから川の水を汲もうと思ったけど、ここの水は灰色だったのでやめておきました。
もうちょっと上流に行かないとダメなのかな。
P8192549

そういえばジョージアでも水がグレーの川が多かった気がする。
水自体が汚いわけじゃないし、きっと地面の鉱物が関係してるんだろうな。
 

トレッキングルートには放牧されている牛や馬がたくさん。
挨拶しながら進みます。やあ。
馬はこうやって2頭で前と後ろを見張ってるんだろうな。
P8192538
 


そこから先も、なだらかな気持ちいい道をひたすら歩きます。

実は私たちがトレッキングに行った3日間だけすごく晴れていて、その前後はずっと雨だったそう。

やっぱり私たちは晴れ男・晴れ女!
1年半以上旅してきて肝心な時に雨に降られたことは一度もなかった。
P8192554

さっきのグレーの川からちょっと進んだ辺りの別の川はすごく透明。不思議。
P8192569

川底までよく見えてすごく綺麗です。
P8192571

川の向こうに気配があると思ったら野生の馬の群れ!
20頭ぐらいの群れで、結構深い川の流れをものともせずに渡っていきます。かっこいい。
P8192598
 


チェックポイントから歩き始めて5時間半。
増水した川で道が途切れてしまいました。
もうすぐキャンプサイトに着くはずなんだけど、どうやって進めばいいんだろう?
簡単に渡れそうにも見えるけど、流れが強くて意外と深くて渡れない。
P8192610

困ってうろうろしていると、馬に乗った遊牧民の人が通りがかりました。
急いで駆け寄っていって道を教えてもらいます。
P8192620

”どうやって渡ったらいいの??” ジェスチャーで聞くと、「あっちだよ!」と川上の方を指差して笑顔で答えてくれました。
P8192621

教えてもらった通り川上に行ってみると、丸太が渡してありました。

やったね!無事川を渡り終えました。
P8192626

川を渡った先にあったのは大きな木!!
P8192635

そこから少し歩くと、ついに今日の目的地のキャンプサイトが見えてきました!
P8192638

 

子犬との出会い。

ベースキャンプに到着したのは17時前。
チェックポイントからちょうど6時間のトレッキングでした。

睡眠不足で疲れてたみたいで、思っていたより時間がかかってしまった。
明日は標高4000メートル近い山を越えないとダメだけど大丈夫かな…。

ベースキャンプには男の人が二人働いていて、一泊したいと言うとこんな移動式のテントに案内してくれました。
P8192645

私たちの今日の寝床はここ。
広々していてなかなか快適そうです。
P8192643
 

寝不足だったので30分ぐらいうたた寝をしてから外へ出てみます。

メインのテントにはロバがいました。
P8192689

人によくなついていてちょっと大きい犬みたいです。
P8192696

こっちには犬が二匹。
仲良しの二匹はじゃれあって、元気に走り回っています。
P8192658

この時は「可愛らしい犬がいるなぁ」ぐらいで全然気にかけていませんでしたが、実はこの二匹のうちの小さい方が今回のお話の主人公。

まさかこの犬があんな事になるなんて、この時は思ってもみなかったなぁ。
P8192663
 


 

一通りベースキャンプを歩き回っているとお腹が減ったので、ベースキャンプのスタッフに食べ物はないか聞いてみると、追加料金を払ってごはんを作ってもらうことになりました。

メインのテントの中にはこんなキッチンがあって、年上の方のスタッフが手際よくささっと作ってくれました。
P8192680

出来上がったのはプロフ(中央アジア風ピラフ)とトマトとチャイ。
あったかいチャイに砂糖をたっぷり入れて飲みます。
P8192677

プロフには卵と人参しか入ってなくてすごくシンプルな料理。
なのにすごく美味しくて、体の疲れも癒される。
やっぱりトレッキングの後に山で食べるご飯は最高だなぁ。
こんな山の中なのに温かい食べ物が食べられることが幸せ。
P8192678
 


夜ご飯を食べ終わってテントの外に出てみると、もう太陽が山の陰に隠れて暗くなり始めていました。
P8192670

メインのテントの横にあったトレーラーハウスからモクモクと煙が出ていたので行ってみると、なんと中がサウナになっていました!
P8192701

トレーラーの横から薪をくべるベースキャンプで働く若い方のスタッフ。
P8192709

面白そうだったから、だいごろも薪割りをお手伝い。
意外にもスパスパ割れて楽しそう。
P8192711
 

そのあとは山の合間から夕焼けを見て、自分たちのテントへ。
P8202724

朝方は冷えるかな?と若い方の男性に聞いてみると、暖かそうな寝袋を2つ貸してくれました。
P8192723

遠くで川の音が聞こえるだけの静かな夜。
P8192717

明日のトレッキングで待っている景色にワクワクしながら寝袋にくるまります。

テントの近くにさっきのロバがいるみたいで、近くで草を踏みしめる音。

テントの中は思ったよりも暖かくて、ぐっすり眠れそうだ。

まだ夜の8時前だけど、明日のトレッキングに向けてもう寝ます。

それでは、お休みなさい。

つづく

The post あら子の大冒険1〜キルギスの山奥で出会った子犬の物語〜 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=16459 2 16459
ラクダ旅で ”落馬” ならぬ ”落ラクダ” !!飛び散る鮮血…。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=11001 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=11001#comments Fri, 12 Jun 2015 00:03:30 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=11001 13~14/APR/2015 in Chinguetti 砂の街シンゲッティに着いた次の日。 今日は世界旅行中に一度はやってみたかったことをやります。 それはラクダ旅!! ラクダに乗るのは何でか分からないけどずっと憧れで […]

The post ラクダ旅で ”落馬” ならぬ ”落ラクダ” !!飛び散る鮮血…。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

13~14/APR/2015 in Chinguetti

砂の街シンゲッティに着いた次の日。
今日は世界旅行中に一度はやってみたかったことをやります。

それはラクダ旅!!

ラクダに乗るのは何でか分からないけどずっと憧れでした。

ラクダ旅といえばモロッコでやるのがメジャーみたいだけど、ここシンゲッティはツーリスティックではなく、砂漠以外何もないところが良いらしい。

向かうのはここから4時間ぐらい、距離にして12kmぐらい離れたところにあるオアシス。

張り切って出発です!!
 


朝、宿の裏側に旅の仲間がやってきました。

まずはラクダ使いの「シディ」
英語もフランス語も全く喋れない、生粋のラクダ使いです。
そして後ろから着いてきた2匹のラクダ。
P4130396

前にいるこいつが「シマ」
目がシマシマだからシマと名付けました。
たぶんちょっと年なのかな。
あんまり聞き分けが良くなくて、よくグズってました。
P4140836

シマシマの目。
P4140822

後ろにいるもう一匹は「シロ」
毛の色が白いからシロ。
つぶらな黒い瞳の大人しい子です。
P4140848

二匹ともかわいいなぁ。

わくわくする!!
 


宿の人が用意してくれた食料や水をシマとシロに括り付けて準備します。
水は二人分で20ℓ。これだけあれば十分…かな?
P4130404

だいごろは頭にターバンを巻き付けます。
P4130605

このターバンは、今日のラクダ旅とこの先で乗る「アイアントレイン」という電車の砂&埃対策のために昨日シンゲッティの街で買っておいたもの。

これを巻いているだいごろを見ると街の人たちはみんな大喜びしてくれます。笑
P4130331
 


 

準備が完了したのは朝8時半。

いよいよラクダ旅のスタート!

少しずつシンゲッティの街から遠ざかっていきます。
P4130434

ここから12km先のオアシスまで最初は歩きます。
今から4時間、40度越えの炎天下の砂漠を歩かないといけないので、疲れるまでは自分の足で歩いて、疲れたらラクダに乗せてもらう作戦です。
P4130409

3人とラクダ2匹の小さいキャラバン!わくわく!
P4130424
 

歩きながら足元を見ていたらフンコロガシ発見。
スーダンやナミビアの砂漠にもいました。
P4130455

よく見たらここの砂漠はところどころ草が生えてる。
これまで見た砂漠では全く見かけなかったけど、一口に砂漠と言ってもいろいろあるんだなぁ。
P4130407
 

 

それにしても砂の上は歩きにくい…。
サンダルだからかなぁ?
P4130429

でもシディもスリッパなのにスタスタ歩いていきます。
そのスタスタがびっくりするぐらい速くて、ずんずん遠ざかっていく。
P4130448

私たちは砂に足を取られて全然前に進めないのに、シディは普通に歩いてるようで速い。
足が沈まない。仙人みたいですごい!

追いつこうとするけど、全然追いつけない!!
P4130446
 

しかもシディはオアシスに着くまで一滴も水を飲んでいませんでした。
私たちは暑すぎて一人2ℓも飲んだのに!信じられない!
P4130459
 

今日の天気は太陽は出てるんだけど空がちょっと霞んでいます。

だから暑さはましなはずなんだけど、それでもめちゃくちゃ暑い。

でも砂漠には日陰なんてないので、前を歩くシマとシロのお尻を見ながら黙々と歩きます。
 


 

シンゲッティの街から歩くこと1時間ぐらい。
私たちがあまりに遅れるので、シディが少し先で待ってくれていました。

ムシャムシャと草を食べるシマとシロ。
P4130467

「キャメル?」シディが尋ねます。

“キャメル、キャメル。” と迷いなく答える私たち二人。笑

分かった、とシディが頷きます。
 

「シューシューシューシュー」

シディが口から音を出すと、あら不思議。
シマが地面に座りました。
P4130469

シディの指示に従って、シマにまたがります。
P4130485

しっかりと椅子とロープを掴んで…

よいしょ!
P4130486

おおー!!立てた!やった!
立ち上がるとき身体が前後するのでちょっと怖かったけど、すっと立ち上がってくれました。
P4130496
 

続いてだいごろがシロに乗ります。
モーリタニアンみたい。笑
P4130512
 

すごい!高い!
ラクダから見る砂漠の景色は最高です!!
P4130517
 


 

どこまでも続く砂丘をラクダに乗って進みます。

椅子がかたくて、太腿とか尾骶骨とかちょっと痛いけど、でも楽しい!
P4130617

ラクダと一緒に身体を上下に揺すりながら、足をゆさゆさ振りながら進みます。
かわいいなぁ、ラクダ。
P4130541
 


 

そして1時間ぐらいラクダに乗って、そろそろお尻が痛くなってきたなぁと思っていた頃。

ビャーー!!
P4130609
 

突然シマが鳴いたと思ったら、首をグルンと振り回した!!
 

ボテッ…
 

砂漠の上に放り出される私!

”落馬” ならぬ ”落ラクダ”です。笑
 

ビャーーーー!!!

横になったまま両足をジタバタさせるシマ。
 

その様子をみて今度はシロがパニックに!
 

ビャーーーー!!!

ボテッ

暴れだしたシロから振り落とされて今度はだいごろが落ラクダ!!

横に転がったシロの顔には鮮血…!!
P4130641

え?!!何!!

突然の出来事に混乱する私たち。

シマとシロの身にいったい何が?!!

つづく

The post ラクダ旅で ”落馬” ならぬ ”落ラクダ” !!飛び散る鮮血…。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=11001 3 11001
悪名高いロッソ国境越えに大苦戦。もう嫌だ…。【2015年モーリタニアビザ情報】 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=10856 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=10856#comments Mon, 08 Jun 2015 21:50:27 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=10856 11/APR/2015 from Saint-Louis to Nouakchott 話は遡ってダカールにいたある日。 僕たちが朝から向かったのはモーリタニア大使館。 モーリタニアはセネガルの次に向かう予定の国です。 数 […]

The post 悪名高いロッソ国境越えに大苦戦。もう嫌だ…。【2015年モーリタニアビザ情報】 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

11/APR/2015 from Saint-Louis to Nouakchott

話は遡ってダカールにいたある日。

僕たちが朝から向かったのはモーリタニア大使館。
モーリタニアはセネガルの次に向かう予定の国です。
数ヶ月前に同じルートを通った旅人たちのブログに、ここダカールで取得したという情報があったのでやってきました。
P4075463

守衛さんにお願いして英語を話せる職員の人を呼んでもらって聞いてみます。

”モーリタニアのビザを取りたいのですが。”

すると職員の口から思ってもみなかった衝撃の台詞が…、

「もうここではビザは取れないよ。ロッソ国境でビザが取れるから、そこで取って。」

”え?!”
 

ロッソはモーリタニアとセネガルの国境で、旅人の間ではかなり評判の悪い場所。
賄賂を請求されたとか、一時身柄を拘束されたとか、悪い噂しか聞きません。

そんな悪名高いロッソ国境でビザを取るなんて、嫌な予感しかしない…。
 

昨日はサンルイ行のガレージ(乗り合いタクシーの乗り場)の場所も変わってたし、苦労して着いたサンルイの宿は潰れてたし、そして今回のモーリタニアのビザのルールも変わってるし。

それらは全部、僕たちが行く数週間前には何も問題なかったはずの場所。
なんでこのタイミングで…。

でも、これが西アフリカって事か。
もともと一年前まではセネガルのビザもいらなかったわけだし…。
 

目指せロッソ国境!!

という事で話はサンルイに戻り、今日はセネガルからモーリタニアへのロッソ国境越えに挑戦する日。

宿からタクシーに乗ってガレージ(乗り合いタクシー乗り場)へ行き、そこからロッソ国境へ向かうセットプラス(乗り合いタクシー)に乗り込みます。
 

車は1時間半ぐらいでロッソセネガルのガレージに到着。

車を降りたら「俺が道案内する」とか「荷物を持つ」とか言う人がたくさん群がってきますが、無視して国境へ向かって歩き始めます。
冷たいようですが、国境付近のこういう人たちを相手にすると大抵ろくな事にならないのです。
P4110007
 

一キロぐらい歩くとセネガルのイミグレーションオフィスが見えてきたので、そこへ行ってパスポートを渡すとセネガル出国スタンプはすんなりもらえました。

もうちょっと面倒くさい事になるかと思ってたけど、まずは無難に第一関門突破です。
 


 

その先は船に乗ってセネガルとモーリタニアの国境の川を渡ります。
P4110010

ザックを背負いながら平均台みたいな木の板を渡って船へ。
きっこが川に落ちてしまいそうで見ていてヒヤヒヤします…。
P4110011

ここのフェリーは数十分おきにしか動いてないらしいのですが、僕たちがいったタイミングでちょうどフェリーが来てたので乗り込むとすぐに出発しました。対岸まで10分ぐらい。

フェリーがいない時はお金を払って渡し船に乗らないといけないみたいなのでラッキーでした。
 

乗船率は余裕の100%越え。
ものすごい人です。
P4110013

モーリタニア側の岸に近づくと、海にはモーリタニア海軍の船。
P4110014

そして対岸に到着。
P4110018

人ごみをかき分けて船を降りると目の前にモーリタニアのイミグレーションオフィスがあったので、職員の人にビザが欲しいと言うと建物の中に案内されました。
P4110015
 

ロッソ国境の悪夢。まさかのルール改正。。

中に入るとビザの発行待ちの行列。
僕たちの前の人の所でシールを印刷する機械が故障したらしく、オフィスの外で20分ぐらい待ちます。

そして、インクを交換したら機械が直ったらしく、中に入って”ビザが欲しい”と言うと、なんと衝撃の言葉が返って来ました。
 

「ビザ代は一人120ユーロだ。」
 

え!高っ!!
ちょっと前までは100ユーロ以下だったはずなのに!!

”なんで?先月まではもっと安かったでしょ?”と聞くと、

「先月にルールが変わってビザはここでしか取れなくなった。それと一緒に料金も変わったんだ。」

”…”
 

あまりの高さに一瞬目眩がしましたが、気を持ち直して値下げ交渉。
というか、賄賂とかぼったくりじゃないかどうかの確認です。

でも外国人のビザ代は120ユーロで決まっているらしく、印刷済みの領収書までありました。
あとで名前入りで貰えるそうです。

ちなみに、モロッコでモーリタニアのビザを取ると4000円程度。
セネガルから入国するだけで4倍もするなんてショック…!!大出費です…。
 

値下げできないことがわかったので、120ユーロは諦めて支払う事にしました。
でも、問題はまだあります。
僕たちはユーロのキャッシュをほとんど持っていなかったのです。

まさかビザの手数料が120ユーロもするなんて夢にも思ってなかったし、USドルもある程度通用すると思っていたのです。
”ユーロはないからウギア(モーリタニアの通貨)かUSドルで払いたい。”とお願いしましたが、「ユーロだけだ」と言われて門前払い。東アフリカでは無敵の強さを誇っていたUSドル払いまで拒否される始末。

流石に自国通貨のウギアなら受け取ってくれるだろうとたかを括ってたのですが、まさかこんなことになるとは…。
 

この国境でユーロを入手するには、ATMでウギアを降ろしてから、道端にいる両替屋にユーロへ両替してもらうしかありません。
でも、ATMはイミグレの横のゲートを抜けた先。出国のスタンプが無ければ通してもらえません。
試しに”ちょっとお金下ろすだけだから”、と言ってみましたが、レジストレーションがどうこうでややこしくなりそうな感じ。

一人の警察に何とか身振り手振りで話が通じても、その次の警察に止められてまた同じ説明を最初からさせられる…。
なかなか前に進めない。

もう一回セネガル側に戻ってセーファーフランを降ろしてユーロに両替する事も考えましたが、また船に乗って国境を越えて、悪名高いイミグレを出たり入ったりするのはかなり気が引ける。。

どうしよう、、、。
 

お餞別にもらったユーロがこんな所で役立った!

ユーロか…

でもいくらかは持ってたはず。

試しに荷物の中に隠していたユーロをかき集めてみると、二人分の240ユーロにはほど遠いけど、全部で95ユーロありました。
僕が会社を退職する時に同期が餞別にくれた50ユーロをずっと持ってたのが役立った!
まさかこんな所で役立つとは思ってもみなかった、マッキーありがとう!
IMG_2289 copy

残りはエチオピアのジンカで出会ったスペイン人と両替した40ユーロと、イクエさんケンゾーさんと両替した5ユーロ
ここで使ったよ。二人ともありがとう!
 

二人で240ユーロ必要なので、足りないのはあと145ユーロ。

どうしようか悩んでいたら、一人のお爺さんが「ユーロが欲しいなら両替してやるよ」と言って来ました。

”でも肝心のウギアがないんだよ…。”
”あ、でももしかしてドルとユーロを替えてもらうことってできる?”

するとお爺さんが電卓で色々と計算をして金額を見せてきました。
お、これは行けそう。でもレートがめちゃくちゃ悪い…。

でも他に手段が思い当たらなかったので、このお爺さんと30分以上かけて交渉を続け、180USドルと145ユーロを交換してもらえることになりました。

1ユーロ=1.24ドル、正規なら1ユーロ=1.1ドルぐらいのところなので大損です…。(2015年4月時点)
そもそもこんな所で両替したらレートはめちゃくちゃ悪いに決まってるんだけど、他に良さそうな方法もない。
それにこのロッソ国境は昼になると閉まってしまう事でも有名。早くしないとロッソ国境に閉じ込められてしまいます。

泣く泣く180ドル払って145ユーロを入手しました。
 


イミグレーションオフィスに戻って職員の人にお金を渡すと、ブラックライトを当てて偽札かどうかの確認。
幸いどれも偽札ではなかったっぽいけど、ちょっと端が折れてて汚いから受け取れないと言われてしまいました。

そ、そんな…。

大急ぎでイミグレの周りを探し回るも時すでに遅し。
両替をしてくれたお爺さんの姿はもうありませんでした。

大損して手に入れたなけなしのユーロが…。。
 

がっかりしてイミグレに戻ると、なんか変な男が後ろからついて来ました。
そしてその男は、「さっきの爺さん連れてきてやるよ。」
そう言って何処かへ行ってしまいました。

そして五分ぐらいすると、その男がお爺さんを連れて戻ってきました。

”本当に連れて帰ってきた!”

何だかよく分からないけど、お爺さんが見つかった!
イミグレの職員がお爺さんに「綺麗な紙幣に替えてくれ」、と言うと、意外にもお爺さんはすんなり別の紙幣を出してくれて無事支払い完了。

ビザのシールをパスポートに貼り付けて、ついにモーリタニアビザゲットです!!
(ちなみにさっきの怪しいその男はタクシードライバーで、後で僕たちをお客にするつもりだった模様。)
 

ビザがゲットできたので後は出国のスタンプを、もらうだけ。

後ろの机に座っていた警察にパスポートを渡しスタンプゲット!
そして、きっこも同じようにパスポートを渡したその時、

突然建物が真っ暗に。
 

まさかの停電。。

「ごめん、電気がないから停電が戻るまで待って。いつ戻るか分からないけど。」

と言って警察は何処かへ行ってしまいました。
 

…。
 

ちくしょー!!
あとちょっとだったのに!!

もう嫌だ…。。。
 

歓喜!!ついに手にしたモーリタニアビザ!!

イミグレの周りには店も何もない。
でも僕たちが朝起きてから食べたものと言えば、バナナ一本ずつとロッソ国境で買ったマズいビスケットだけ。
もうお腹が減ってしにそうだったので、イミグレの近くをうろついていた物売りからオレンジを買って日陰に座って食べて待ちます。

太陽が空高く上がりもの凄い暑さ。
それに砂埃がひどくて目も口も開けられない。

なんかスーダンにいた頃を思い出すなぁ。
よく考えたらスーダンとモーリタニアってどっちも緯度が同じぐらい。だから雰囲気が似ているのかも。
 

あと一時間は待つんだろうなぁ。と半分諦めながら待っていると、意外にも30分ぐらいで電力が回復!

すぐにパソコンで処理をして、きっこのパスポートにスタンプを押してくれました。

賄賂請求もなし!!

そしてイミグレの横のゲートで関税のチェックと入国税40ウギアを払って、ついにモーリタニア入国!!

よっしゃー!!!
 

僕たちが必死の思いでゲットしたビザがこれ。
イミグレで撮った顔写真が印刷されているのですが、そこには死んだ魚の目をした僕と髪の毛ぼっさぼさのきっこ。
この写真からこの日の僕たちの苦労がお分かり頂けるかと思います。笑
P4110488
 

そんなこんなで、なんとかモーリタニア入国を果たした僕たち。

120ユーロ(実際両替でも損してるからもっとだけど…)も払ってモーリタニアに入る物好きもなかなかいないだろうな…。

どこの国のガイドブックを見てもめぼしい情報はないし、地図を見ても何もなさそうなモーリタニア。

一体どんな国なのか想像もつかないけど、すごくワクワクしています。楽しみだなぁ♪♪

The post 悪名高いロッソ国境越えに大苦戦。もう嫌だ…。【2015年モーリタニアビザ情報】 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=10856 4 10856
40年ぶりに帰った日本で待っていたのは… https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=10116 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=10116#comments Sun, 10 May 2015 18:54:04 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=10116 18〜20/MAR/2015 in Colonia Yguazu ススキは生えてるけど真夏みたいに暑い一日。 3月だからここは秋のはずなのに、日本の夏よりも暑いんじゃないかと思ってしまいます。 今日は、イグアス移住地を支 […]

The post 40年ぶりに帰った日本で待っていたのは… first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

18〜20/MAR/2015 in Colonia Yguazu

ススキは生えてるけど真夏みたいに暑い一日。

3月だからここは秋のはずなのに、日本の夏よりも暑いんじゃないかと思ってしまいます。
P3192965

今日は、イグアス移住地を支えるとある場所に行ってみます。
 

イグアスをささえる場所。

向かったのは町の数キロ先にある採掘場。
遠かったのでパラグアイに入って初めてのヒッチハイクに挑戦です。
P3203129

20分ぐらいヒッチしていると、近くで働いているおじさんが止まってくれました。

「すぐそこまでだけど。」
といって、1キロぐらい先まで乗せていってくれました。
原チャに荷台が付いた乗り物です。
P3203132-640x448

降ろしてもらった場所でヒッチハイクしていると、今度は一台の乗用車が止まってくれました。
乗せてくれたのは移住地に住む日本人。
パラグアイでヒッチハイクは危ないからやめとけと釘を刺されました。
 


車から降ろしてもらった所から20分ぐらい歩くと採石場に到着しました。
入口にはここで働いている日本人のセキさんがいらっしゃって、いろいろとお話させてもらいました。
P3203146

ここではコンクリートや建築に使われる岩を採石しています。

自由に見学していいと言われたので、ヘルメットを装着して採石場の中を歩きます。
P3203147
 

まずは敷地の奥へ行ってみると採石の作業が行われていました。
P3203167

ここの労働時間は7~17時(休憩1時間)。
暑い中作業するのは大変だろうなぁ。
P3203173
 

取れた石は用途によって様々な大きさに砕かれます。
石が次々と砕かれ、ベルトコンベアで運ばれ、目の前に山が出来ていく。なかなかの迫力です。
P3203162

石には種類や砕く大きさによって名前がつけられていて、それぞれの名前がついたトラックに載せられて各地へ運ばれるそうです。
P3203193
 

そして、この採掘場の利益は移住地の収入の大部分を支えているそう。
ここで働いている従業員は全部で22人で、そのうち日本人は4人。

だいごろは喉が渇いたと言って、休憩中のパラグアイ人のところにちゃっかりテレレをもらいに行っていました。笑
この二人は採れた石をトラックへ積み込むショベルカーの運転手だそうです。
P3200078

この敷地のすぐ横では日本各地から苗が送られてきて、それを育てるプロジェクトをしていました。
パラグアイなのにそこかしこに日本語の看板があるのがいつまで経っても変な感じです。
P3203186
 

帰りは採石場から出て来たトラックをヒッチハイク。
P3203199

乗せてくれたドライバーはパラグアイ人で、「ハポネスの友達はたくさんいるぜ!
ヒラタサンの家の近くに住んでる。」と言っていました。
P3203197

トラックの運転席から見えるのは、辺り一面に広がる大豆畑。
P3203138

この大豆もイグアスの経済を支える大きな収入源です。
P3203140
P3192935
 

移住地の夜。町の居酒屋で。

同じ日の夕方。
ペンション園田に帰って犬たちと遊びながらのんびりしていると、園田さんの奥さんが呼びに来ました。

「お豆腐屋さんがきたわよ。」
P3213297

え?豆腐屋さん??

ビックリして家の前に行ってみると、なんと自家製のお豆腐や醤油の訪問販売が来ていました!
パラグアイで手作りの豆腐が食べられるなんて、すごい!
P3213294

この訪問販売は週1回やってくるそう。
そういえば小さい頃、家の周りを豆腐屋さんが回ってたなぁ、と懐かしく思い出しました。
夕方になるといつもカランカランっていう鐘の音がしていた。

思いがけずやってきたこの豆腐を、普段はケチケチしている私たちも思わず即買い。笑
P3213295

お醤油とショウガでシンプルに冷や奴。美味しい!
P3213306
 


そしてその日の夜。

ご飯を食べている時に、宿泊者の女性の方(匿名希望なので”Aさん”と書く事にします。)とお話しました。
Aさんは長期でこの移住地に滞在中です。

Aさんがイグアス移住地に来るのは今回で2回目。
そのときに、この地で生計を立てた方々の苦労を知り、この場所が好きになったんだとか。
今回はここ滞在するためだけに日本からパラグアイまで飛んできたそうです。
空港から直接ここに来て、他のものは何も見ずに日本に帰るんだって。
近くにはイグアスの滝とか観光名所もあるのに、移住地以外に興味はないんだとか。渋い!

インドのマザーテレサハウスで何度もボランティアをしたことがあって、東北の震災の時もボランティアしていたそうです。ボランティアで素晴らしい人に出会ったお話をいろいろ聞かせてもらいました。
私たちが神戸出身だというと、自分は震災の時に大阪に住んでいたのに仕事が忙しくてボランティアしなかったことがずっと心残りだったと語ってくれました。
今でも当時の自分に腹が立つらしく、「『忙しい忙しいって一体何なの?!』って思いますよね。」と苛立っていました。

Aさんはベジタリアンでもあります。
私たちはこれまでの旅でもたくさんのベジタリアンと出会いましたが、ベジタリアンになる理由って「動物がかわいそう」とか「健康的だから」っていう理由しか聞いた事がありませんでした。
でもAさんの理由は食料問題。牛1匹育てるのに必要な耕地でたくさんの作物が取れるんだから、作物を食べるようにした方が食料問題に貢献できるっていう考え方だそうです。考えてもみなかった新しい視点です。

実は私も旅に出てから、もっと肉を食べる量を減らす生活をしたいなぁと思うようになってきました。
海外では、日本みたいにスーパーに並んだカットされた肉じゃなくて、皮を剥いだだけの肉とかもよく目にするし、丸焼きにされているのも見かける。
そういうのを目にしていると、命をいただいているんだなぁっていう感覚が強くなってきています。
とは言っても美味しいものは食べたいって思うから、ベジタリアンになって全く食べないっていうのは私には難しい。
でも、肉を食べる量を減らすことはできると思う。実際そんなに肉を食べなくても生きていける。
 

Aさんのエピソードの最後に、彼女に紹介してもらって印象に残っている言葉があるので書いておきます。

“Everybody thinks of changing the world, but nobody thinks of changing himself”

インドのマザーテレサハウスに書いてあった言葉だそうです。
 


Aさんに近くに居酒屋がある事を教えてもったので、今日ペンション園田にやってきた学生さんと4人で行く事になりました。

4人で夜の田舎道に歩きます。辺りは真っ暗。
P3213323

すると、道の両脇にぼんやりとした光が見えました。

あれ?なんだろう?

そう思ってじっと見ていると、なんとホタルが飛んでいました!
それもたくさん!!

まさかパラグアイでホタルを見るなんて思ってもみなかったから驚き。
すごく幻想的な光景でした。
 

 

そんなホタルの灯りを追いかけながら、農協のある十字路までやってきました。

実はこの農協の2階が居酒屋になっています。
P3213321

中に入ってみると、居酒屋というよりは会議室をちょっと飾り付けたような感じ。

切り盛りしているのは若いオーナーで、朝は農協で働いて夜は居酒屋だそう。よく働くなぁ。
「ここは儲けなくてもいい。みんなの憩いの場になればそれでいい。」
そういう思いでこの居酒屋をやっているそうです。
P3213313
 

私たちが座ったテーブルの横には、移住地で暮らす日系のおじさんが二人。

2人とも、小さい頃に親の意向でイグアスに連れてこられた人たち。
1956年のこと。当時7歳と9歳でした。
今は二人ともこの地で大豆農家を営んでいます。

「自分の意思とかなんもないからね。親に連れてこられたんだから。」

ジャングルを切り開いて農地を開拓して、相当な苦労をされてきた方々。
今の日本に対する率直な意見を聞いてみました。

「今の日本は生活保護だのなんだのというのがあるから甘えた心が産まれるんだよ。
それで、政府とか何かよく分からんものに生かされている。
生かされてるんじゃなくて生きるんだ!俺らなんてなんの保証もないからね。自分たちの力で生きるしかない。人生苦労しないとだめ。」

”これから先のことなんてまあ何とかなるか”って思って何も行動しない、考えないのが甘えなんだろうな。
どうやって生きていくか、自分で考えて自分で選ばなくちゃ。
日本人の政治に対する無関心も「生かされている」証拠なんだと思う。
 


みんなで話していると、おじさんたちがおつまみとビールをごちそうしてくれました。
写真のいもみたいなやつはパラグアイでよく見かけるユカ。
もっちりしていてほのかに甘くて、腹持ちもいい。
P3213314

だいごろは店のカウンターに一人で座っている、店の中に一人だけいたパラグアイ人の人が気になって話しかけにいきました。

30分ぐらいして帰って来ただいごろの話によると、やっぱり彼はパラグアイ人で日本語は話せないみたい。
でも彼はイグアスで弁護士をやっていて結構儲かっているんだとか。
だいごろが私たちの旅の話をしたら、スペイン語をほめられたと言って喜んでいました。
社交辞令なのにだいごろは単純だな。笑

話している途中にもう一人パラグアイ人の人が店にやってきて、その人は元警察署長だった人。
その人と弁護士の人が何やら怪しい話を始めたので、だいごろは戻って来たそうです。

その元警察署長は、おじさんたちとも仲良し。
今まで日本語で喋っていたおじさんが、日本語のノリをそのままにごく自然にスペイン語で話していました。
見た目は完全に日本人のおじさんなのに、ペラペラのスペイン語で冗談を言い合ったりしているのがすごく不思議。見ていていちいちビックリしてしまう。
こっちの人にとっては当たり前すぎる事なんだけど。
P3213318
 


おじさんはこんな話もしてくれました。

おじさんが数年前日本に帰ったときのこと。
親戚を頼って家まで行ったけど「平日は仕事があるから家でテレビでも見ておいて。」と言われて、朝から夜までずっとほったらかしだったそうです。

「がんばってお金貯めて40年ぶりに日本に帰ったというのにそりゃないよ。
こっちはもし誰か、親戚じゃなくても、知り合いの知り合いでも、誰かが来たらちゃんと歓迎して一緒に食事したり酒飲んだりするよ。
日本は余裕がない。心に余裕がない。
あんな国だめだよ。日本になんて絶対住むか!と思ったよ。
俺はパラグアイが世界で一番いい場所だと思っている。」

私も一般企業で働いていたから、ほったらかすことしかできなかった親戚の状況も分かる。
仕事って休めない時は本当に休めないもの。

でも、それって何て悲しいことなんだろう。
40年もの想いを背負って、地球の裏側からやってきた人を温かく迎え入れることすらできないなんて。
P3213311 copy
 

もう一人のおじさんは移住してからもう50年以上日本に帰っていないそうです。
「まあ、1回ぐらいは日本に行っておきたいと思うけどね。」

おじさんがお話してくれたのは、家族の話。
「30歳ぐらいのときにお嫁さんをもらったけど、本当に貧しくて家もボロボロで、よくこんなところに嫁いでくれたと思ったよ。一緒に苦労を乗り越えてきたから、一生大切にしたいと思っている。嫁さんの前ではこんなこと言えないけどね。」

ここに来ていると、やっぱり家族のつながりの強さを感じます。
人間って長い長い間農業や牧畜をして生活してきていて、家族が一緒に協力して住んできたから、こうやって農業をして家族が近くにいることが本来あるべき姿なんだろうなぁ。

おじさんは今は600ha (6km×1km) の大豆畑を持っていて、生活もそこそこ安定しているそうです。
でも、比較的安定している大豆の価格が今年は1tあたり100ドル以上暴落。農家は楽じゃないです。
今は息子さんと一緒に働いて、農業のイロハを教えているそうです。
P3213315 copy
 

そして話はまた日本の話に戻ります。

「日本は移住した人たちのことを差別してるのかな?そんな風に感じることがあるよ。」
そう言って切り出してくれたのはこんな話。

息子さんが日本に出稼ぎに行ったときのこと。
苦労して仕事を見つけたけど、腱鞘炎になって帰ってきた。
なんでそうなったのかと聞いたら、10kgの荷物を1日100回もコンベアーに乗せ続ける仕事だった。
そんな仕事が続く訳がない。人を使い捨てだと思っている酷い仕事だ。
息子は正直者だったし、せっかく見つけた仕事だからと頑張った挙句、腱鞘炎になってしまった。

差別があるのかないのか。それは私には分からない。
今は景気が良くないし、日系パラグアイ人じゃなくても学歴も経験もない人が職を探したら、そんな厳しい仕事しかないのかもしれない。

でも少なくとも私の中では「日系パラグアイ人」「日系ブラジル人」という人たちはもっと遠い存在で、たぶん言葉も通じない、日本らしいところもあまりない人たちだと思っていた。
実際に会ってみたらこんなに近い存在なのに。

ここに住んでいる人たちは、ずっと日本の心を大切にしていて、遠く離れても毎日日本に想いを馳せながら暮らしている。
今日本に住んでいる日本人よりも、よっぽど日本人らしくあろうとしているし、日本の良いところを知っていて、日本らしい考え方を守っていっているんじゃないかなって感じました。
そういう日本の精神が残っているからこそ、移住者同士で協力して苦労を乗り越えて来られたんだろうな。
 


 

居酒屋が閉まる時間になったので外へ出ると、酔っぱらいすぎて話が全く噛み合なかった82歳のおじいさんがなんと自分で車を運転して帰ると言うではありませんか!
酔っぱらってなくてもフラフラのおじいさんなのに、でろんでろんのままエンジンをかけました。ブルルルル。

そして勢いよくバックして道路に出て、向こうの方へと走り去っていきました。
P3213310

”ここって飲酒運転OKなんですか? 元警察署長さんもいますけど。”と隣にいたおじさんに聞くと、

「うん。もちろんダメだよね。」
と返されました。笑

私たちはペンション園田まで歩いて帰ります。
今日は貴重なお話がたくさん聞けて良かったな。

The post 40年ぶりに帰った日本で待っていたのは… first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=10116 4 10116
アルゼンチンのぶどう畑で人生の短さについて語り合う。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9820 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9820#comments Fri, 01 May 2015 23:45:48 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9820 06〜10/MAR/2015 in Tunuyan 今日もぶどう畑の中にあるアンドレスの家で目覚めた朝。 下の階に降りて朝ご飯を食べているとアンドレスが起きて来ました。 「昨日は夜更かししちゃったんだよ。」 本が面白かっ […]

The post アルゼンチンのぶどう畑で人生の短さについて語り合う。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

06〜10/MAR/2015 in Tunuyan

今日もぶどう畑の中にあるアンドレスの家で目覚めた朝。

下の階に降りて朝ご飯を食べているとアンドレスが起きて来ました。

「昨日は夜更かししちゃったんだよ。」

本が面白かったから朝の3時か4時ぐらいまで読んでたんだって。
時間を自由に使えるっていいなぁ。
 

ご飯の後はアンドレスと一緒に犬の餌やりに行ったら、突然雨が降って来てずぶ濡れになりました。

この季節は月に2回ぐらいしか降らないらしいのに、もうここに来てから2回雨が降った。
先週もたくさん降ったみたいだから、今年は異常気象なんだ。
水が多過ぎるとぶどうの糖分が減って良いワインができにくくなるそうです。

ワインの量は多い年で700ℓ、少ない年で200ℓ。
自然相手だから、なかなか安定して収穫するのは難しいみたいです。
 


雨はひとしきり降ったらやんだので、今日もぶどう畑でお手伝いです。

2週間後のハーベストに向けて、トラクターが通れるように道に伸びたツタをよける作業。
家の近くのぶどうの木から順番に、伸びすぎて地面まで落ちているツタを上の方の棒にからめていきます。
P3080014

これ、始めは簡単だと思ったけどめっちゃ大変だった!
ぶどう畑が広すぎていつまで経っても終わらない!!
P3082033

炎天下の中はたらき続けて、2時間もかかりました。
めっちゃ暑かった!!
P3082031
 

仕事が終わったら疲れたので昼寝をする事に。

そして夕方ぐらいに起きたら、アンドレスも寝てしまっているみたい。

ご飯を作って夜まで待ちましたが、結局アンドレスは次の日の朝まで起きてきませんでした。

今日は体調が悪かったみたいです。
 


 

次の日。

朝起きるとアンドレスがいなかったので畑を探してみると、誰かと一緒に作業をしていました。
もう体調はよくなったみたいです。
P3090026

近くまで行ってみると、共同でぶどう畑を運営しているホルヘが来ていました。
アンドレスはこの畑で、アルゼンチン人のパートナー、ホルヘと一緒に働いています。

「そういえばホルヘとは会った事なかったね。今日は月曜日だから仕事なんだよ。」

アンドレスに言われて気付いたけど、昨日まで週末だったんだ。
南米に来てからはもうすっかり曜日の感覚がなくなってしまいました。笑
P3100064
 

「今日は何か手伝える事はない?」と聞いてみると、「じゃあ朝ご飯を食べたら外に出て来て。」

と言われたので、朝ご飯を食べてからアンドレスと一緒に作業。
愛犬たちはみんなアンドレスに着いて来ます。
P3080010
 

今日のお仕事はアリ退治。
畑には何種類かアリがいるんだけど、一種類だけぶどう畑に侵略して来るアリがいるそう。

アンドレスにアリの巣を探し方を教えてもらいます。
P3090031

まずは雑草の中にアリの通り道を探します。
P3090048

その通り道を見てみると、アリたちがせっせと荷物を運んでいます。
P3090062

あとはこの行列をひたすら追いかけて巣を突き止めて、アリを退治する薬を巣の近くにばらまくだけ。
アリはこの薬を食べ物だと思って巣に持ち帰り、巣の中で全滅するそうです。
P3090050

「じゃあ、あとは同じようにやればいいから。」
そう言ってアンドレスは別の仕事をしに戻って行きました。
 

それからはひたすらアリ探し。
広い畑だからアリの行列を見つけるだけでも大変です。

それからアリを探す事3時間ぐらい。
ひたすら下を見ながら畑を歩き回って、全部で11個のアリの巣を発見。
P3090049

それをアンドレスに報告したら、「ええっ、11個も見つけたの?!」「すごいね!!」と、またしてもオーバーすぎるぐらい褒めちぎってくれました。笑
 


 

一仕事終えた後はシャワーを浴びてのんびり。

マテを飲みながら耳を澄ましてみると、聞こえるのは虫の声と木々のざわめき。
P3082101

周りには畑しかない静かな場所でぶどうを育ててワインを作りながら送るシンプルな暮らし。
P3082131
P3082129
P3082124
P3082122
P3082117

こんな生き方もあるんだなぁ。
 


 

午後。
突然家の水が出なくなったので、アンドレスとホルヘは原因を突き止めるために大忙し。
P3102160

ポンプや電気系統を一つ一つ確認して、夕方ぐらいになってようやく原因が分かりました。

配管が劣化して水が漏れていたんだそう。

修理するには地面に埋まっている配管を掘り起こして交換しないといけません。

でも作業が大変で終わらなかったので、また明日に持ち越しになりました。
P3092153
 


ホルヘが帰ったあと。
アンドレスが窓の外を眺めながら携帯をいじって、どうも落ち着かない様子。

「今日はぶどうを買い取ってもらうんだ。」

アンドレスが育てたぶどうを大手のワイン製造会社が買い取ってくれる事になったそうです。
そして、その業者は今朝9時に来るって行ってたのに、30分遅れ、1時間遅れ。
何度電話してもやって来ないそう。

「1時間後に行くから。」

そう言われ続けてもう夕方の6時。笑

さらに、さっきまた電話があって「あと1分で行くから!」と電話があったけど全然来なくて、ようやく来たのは電話から30分後。

アンドレスも大変だなぁ…。
 

そういえば昨日の肉屋の店員もかなり時間にルーズだった。

それにアンドレスの家のインターネットが調子が悪くて、その修理の人も今日来るって言ってたのに急に来れなくなったらしい。
「車が壊れたから行けない。」という言い訳をされたみたい…。
 

あと、今日水が出なくなる前にも水道ポンプが故障して修理を依頼していたそうですが、その修理業者の人に至っては、3ヶ月前に来る予定だったのにまだ来ないらしい…。

今は予備のポンプで代用しているみたいだけど、もしそれも壊れたら完全に水がでなくなる。
そんな大変な状況なのに3ヶ月も来ないなんて信じられないなぁ。
 


今日もよるご飯を作って3人で食べます。
P3100077

穏やかに見える田舎暮らしですが、田舎暮らしならではの苦労もあります。
業者の人たちが時間通りになかなか来てくれないのもそうですが、近所付き合いも難しいみたい。

今のお隣さんが変わった人で、お金があまりなくて水道代を払えなかったからアンドレスは水を融通してあげていたそう。
でも、そうやって親切にしていたのに、ある日起きてみると植えたばかりの植物が全部食い荒らされていた。
原因は隣の家のヤギ。

その後も何度も被害に遭ったので、電気ワイヤーを作ってヤギが来れないようにしました。
でもさらに、お隣さんはワイヤーを切って、またヤギをアンドレスの農地に放ったそう。
そして、ついに堪忍袋の緒が切れたアンドレスの当時のパートナーは、畑にやってきたヤギに腹を立てて一匹殺してしまいました。

アンドレスはパートナーに殺したヤギを見せられてビックリし、迷った末に肉屋に持って行って丸焼きにしてもらいました。
そして、お隣さんに「ごめん、殺しちゃった。」と言って丸焼きにしたヤギをお詫び(?)に持っていくと、お隣さんはブチ切れて裁判沙汰になってしまったそう。笑

今はもう裁判も終わってお隣さんも大人しくなったみたいだけど、田舎暮らしも大変です。
 

あとは、アンドレスと最初に出会った夜にも話した人生の短さについても話してくれました。

「40ぐらいになってようやく気付いたんだ。
人生は本当に大切だと思う事をしてすごさないと、あっという間に終わってしまう。」

アンドレスはかつての奥さんと一緒に豊かな暮らしをする為に必死で働いた。
でも、働き詰めの生活の中で奥さんとの間にだんだんと距離が出来てきて、離婚しちゃったそう。

「ものを消費するだけの生活をしていても幸福にはなれない。
この年になってようやく気付いて、今の暮らしをしている。満足しているよ。
あとは良い奥さんが見つかれば完璧なんだけどなぁ。」

アンドレスは少し悲しそうな目をしながら笑っていました。

だいごろも人生の短さについて日頃からあーだこーだ言っていたので話は盛り上がり、日が沈んだら眠るいつもとは違って、今日は夜遅くまで語り明かしたのでした。
P3102190
 


そして別れの日の朝。
今日はバスでメンドーサに向かう日。
P3102197

ここを離れるのは名残惜しいけど、これでアンドレスともお別れです。
犬たちも見送りに来てくれました。
P3102209

”時間があればもっとここにいたかった。また日本にも遊びに来てね。”
と言うと、アンドレスは嬉しそうにしていました。

ありがとうアンドレス。素晴らしい時間をありがとう。
P3102189kai2

The post アルゼンチンのぶどう畑で人生の短さについて語り合う。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=9820 6 9820
イースター島の夜。満点の星空に包まれて。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9693 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9693#comments Mon, 27 Apr 2015 11:20:21 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=9693 27/FEB〜04/MAR/2015 in Isla de Pascua (Easter Island) ウユニ塩湖とアタカマ砂漠とイースター島。 ここ最近、夜空を見る機会に恵まれている。   今日も深夜に目を […]

The post イースター島の夜。満点の星空に包まれて。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

27/FEB〜04/MAR/2015 in Isla de Pascua (Easter Island)

ウユニ塩湖アタカマ砂漠とイースター島。

ここ最近、夜空を見る機会に恵まれている。
 

今日も深夜に目を開けて、それからおよそ2時間、月が沈むのをテントの中からうつろうつろしながら眺める。

ここ最近は、月が沈む時間と昇る時間が常に頭の中にあったし、
毎日大きさがどんどん変わっていく月を不思議な気持ちで見つめていた。
P3030048
 

夜明けの3時間前。

真っ赤に染まった月が沈み始めた。

月の夕焼けを見るのなんて初めてで、心を奪われた。

月がどんどん赤みを増していき、静かに沈んでいくのを最後まで見届けた。
P3031488_2
 

 

都会の喧騒にいたら、何も知らずに過ごしてしまう。

月明かりがまるで照明みたいに明るいことも、
道端の石ころさえくっきり見えることも、
月があったら星が見えないことも、逆に雲がはっきり見えることも、
月が今満ちていっているのか欠けていっているのかも、
満月の日は夜通し空に月があることも、
新月の日は太陽と月がほとんど同じ時間に昇って沈むことも、
毎日50分も月の出がずれていくことも、
月にも朝焼けや夕焼けがあることも。

こんなに何日も続けて夜空を眺めてたことってなかったし、これから先もう一生ないかもしれない。
 

昔の日本人なら誰もが知っていた当たり前のこと。

人々の生活は便利になったはずなのに、
機械化が進んで自由にできる時間が増えたはずなのに、
そんな当たり前の自然の移ろいすら感じることができなくなってしまったのは何でなんだろう。
 

月明かりは真っ白で冷たい。

でも、人工的な照明のように私の眠りを妨げることはない。
月の存在は私の遺伝子にきっちり組み込まれている。
P3041680

そして今日も月が沈みました。

明後日は満月です。
 


 

月が沈んだら、スクーターに乗って星空と朝日を見に出かけます。

さあ、出発だ。

朝日とモアイが一緒に見れるトンガリキまで。
 

辺りは真っ暗闇。

波の音だけが聞こえている。

時折、ネズミが目の前を走って逃げる。

スクーターの灯りだけを頼りに進む。
前が少ししか見えないから怖い。

昼間にも同じ道を通ったのに、ずっとずっと遠く感じる。
 

ようやく目的の場所にたどり着いた。
イースター島の東の端。灯台の明かりが見える。

ここはキャンプサイトから島のほぼ反対側に位置する場所。
 

スクーターを止めて、ゆっくり海岸に近づくと巨大なモアイの影が見えた。
真っ暗闇の中で見るモアイは今にも動き出しそうで心が怯える。

辿り着いたのは、モアイたちが佇む海岸。

満点の星空には天の川がくっきり見えている。
P3010997-640x448

今ここには私たち以外だれもいない。

満点の星空をふたりでゆっくり眺める。
P3011011_2

夜の空気はひんやりして冷たくて、だんだん朝日が待ち遠しくなってくる。
 

そして、星空を眺め始めてから2時間ぐらいすると、少しずつ空が明るくなって来た。

ゆっくり、本当にゆっくり、空の色が変わっていく。
P3011100

P3011093

P3011085

そして、今日も朝日が昇る。
P3011149
 

温かい陽の光を受けた山々がオレンジに染まる。

昇ったばかりの朝日が作る影は長い。モアイに負けないぐらい、私たちの影も長い。
P3011158

太陽が顔を出したあとも心ゆくまでモアイを眺め、太陽のぬくもりをたっぷり感じてからこの場所を離れた。
 


トンガリキからキャンプサイトに帰る途中、ラノララクの方を見ると、モアイがたくさん見えた。
ポコポコしていて、モアイが次々と生まれてきているみたい。
P3011166

スクーターを走らせて、島の中心部の山に登る。
大抵のモアイは海の近くに立っているけど、このモアイは山の中にある。
P3011197

普段は海を背にしているモアイの背後に近づいてみる。
やっぱりモアイは薄っぺらいな。笑
P3011210
 


それからも、毎日お散歩して夕陽を眺め、海を見つめては果てしなく遠い大陸に想いを馳せ、ここに住んでいた人々のことを想像し、刻一刻と表情を変える島の素朴な自然を感じてすごした。
P3031310
P3041684
P3041671

P3041544

P3041622

P3031503_2

テントに寝転がって、毎日島と大陸とを行き来する飛行機の離着陸を眺めたり。
P2280099

キャンプサイト遊びにくる猫と遊んだり。
P3041663
 

夕方になると毎日海岸に夕陽を眺めにいった。
P3031344

P3031348

P3031374
 

そして最後の日の朝。

もう十分にこの島を満喫したからゆっくり寝てようと思ってたけど、やっぱり早起き。

波が荒々しく島に打ち寄せる海岸に座って、空が明るくなって星が消えていくのを眺めました。
P3041764
 

これでこの島とももうお別れ。

想像以上に楽しかったこの島を離れると思うとすごく淋しいし、名残惜しい。

チケットが高くて一時は諦めようとしてたけど、本当に来て良かったな。

さようなら、イースター島。

The post イースター島の夜。満点の星空に包まれて。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=9693 2 9693
カウチサーフィンで知ったマクドナルドの知られざる秘密 in ブエノスアイレス https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=7828 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=7828#comments Wed, 11 Feb 2015 03:25:08 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=7828 14~16/DEC/2014 in Buenos Aires ウルグアイからの船の旅を終え、アルゼンチンのブエノスアイレスに到着した私たち。 この街で初めての「カウチサーフィン(Couch Surfing)」に挑戦します […]

The post カウチサーフィンで知ったマクドナルドの知られざる秘密 in ブエノスアイレス first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

14~16/DEC/2014 in Buenos Aires

ウルグアイからの船の旅を終え、アルゼンチンのブエノスアイレスに到着した私たち。

この街で初めての「カウチサーフィン(Couch Surfing)」に挑戦します!
 

カウチサーフィンはもはや世界的にメジャーな旅行ツールなのでご存知の方も多いと思いますが、簡単に言えばカウチ(ソファー)を提供し合うソーシャルネットワークのこと。

自分の家のカウチやベッドを旅人に提供し、代わりに自分が旅したときは泊まる場所を提供してもらう。
お互いに異文化交流をすることもできるし、助け合うことができるという素晴らしい考え方に基づいています。

私たちもその存在は何年も前から知っていたし、海外の知り合いが日本に来た時にカウチを提供した事も何度かあります。

でも旅行中に現地のホストの家に泊めてもらった事がまだ一度もありませんでした。
PC150546
 

アルゼンチンやウルグアイは宿泊費も高いし、ある程度カウチサーフィンが盛んという事を知り、南米に入った頃から泊めて欲しいというリクエストを何人にも送り続けていました。

でも、最初はリファレンス(カウチサーフィンに参加している友人からの私に対する評価・コメント)が無いから信用されないようで、なかなか受け入れてくれる人が見つかりませんでした。

あと、泊めて欲しい日の1週間以上前にリクエストを送るのが基本なのですが、私たちの行き当たりばったり旅ではそんなにきっちり日程を決められないので難しい。

でも根気よくメッセージを送り続けていると、ようやくブエノスアイレスで受け入れてくれる人が見つかりました!

どんな体験になるのか二人ともドキドキですが、楽しんで行ってみましょう!
 

ニコラスと一緒に街歩き。

カウチサーフィンでは、家に泊めてもらう・泊めてあげる以外にも街を案内してもらったり、イベントに参加したりして異文化交流することもできます。

ブエノスアイレスに訪れる旨を掲示板に書いていたところ、「家には泊めてあげられないけど、ブエノスアイレスを案内するよ!」連絡をくれた男性がいたので、早速会ってみることにしました。

ドキドキしながら待っていて現れたのは、笑顔がとっても穏やかな男性でした。

彼の名前はニコラス。

ニコラスはパン屋さんで働いていて、朝の4時ぐらいからお昼過ぎまで仕事しています。
だから、午後には時間があるのでこうしてカウチサーファーを案内することも多いそう。

まずは腹ごなしにピザを食べに行きました。
PC160560

お手頃なところで!とお願いして連れて行ってもらったお店です。

ピザ4切れとドリンクで101ペソ(闇両替レートで約1000円)。アルゼンチンはやっぱり物価が高いなぁ。
PC162588

ブエノスアイレスの街並は広々していて、スペインの植民地時代の面影が色濃く残っています。

これはアルゼンチンの国会議事堂。何となく日本の国会議事堂と似ています。
PC160650

アルゼンチンの大統領は女性。
大統領になってもう7年も経つんだそうです。
PC160596
 

写真右側のビルに描かれた女性はエバ・ペロン(Eva Perón)。
アルゼンチンの女優でもあり、元ファーストレディ。
PC160620

彼女の肖像画がお札に描かれていたり、彼女の人生を元にしたミュージカルができたり、国民からの絶大な人気を誇っています。

ミュージカルはアンドリュー・ロイド・ウェーバー(「オペラ座の怪人」とかで有名)が作曲した「エビータ」。

まだ見たことがないから見てみたいなぁ。
 


地下鉄の駅の前の壁には銃弾の跡が残っていました。

これはアルゼンチンが独立しようとして争っていた時にできたそう。
PC160573

ニコラスは産まれた時からずっとブエノスアイレスに住んでいたのでブエノスアイレスの事にすごく詳しい。
歴史をよく知っていて、年代や日付までもさらっと言えちゃう。

私は地元の神戸の歴史をこんなにたくさん話すことなんてできないなぁ。

でもせっかく教えてもらった歴史、メモしてなかったらほとんど覚えてない。。ごめんなさい、ニコラス。
 

他にもちょっと気になっていた事があったので、だいごろがニコラスに聞いてみた。

“ところで、メッシのことは好き?みんなどう思ってるんだろう?”

ワールドカップで惜しくも優勝を逃したアルゼンチン。
メッシは国内ではあまり支持されていないという噂だったので、真偽を確かめたくなったのです。

「うーん、良い質問だね。メッシはすごく良い選手だけど、アルゼンチン代表になった途端に全く別の選手になってしまう。僕は正直あまり好きじゃない。」

アルゼンチンでの評価はやっぱり厳しいようです。

ワールドカップ決勝戦が終わった直後、最優秀選手に選ばれた瞬間の彼の浮かない表情を思い出して同情してしまいます。


街を歩いていてトイレついでに立ち寄ったのはだいごろが大好きなマクドナルド。

ここでニコラスから面白い話を教えてもらいました。
 

実は、アルゼンチンのマクドナルドでは「ビッグマックの単品」は絶対に表立って看板やメニューに現れたりしないそう。

その理由は、アルゼンチン政府がマクドナルドにプレッシャーをかけているから。
PC160610

アルゼンチンは国内でインフレが起きているのですが、そのことを認めたくない政府。

ビッグマックの価格を無理矢理据え置かせて、それを指標にして「ほーら、ビッグマックの値段は変わってないでしょ?インフレしてないでしょ?」と公言しているそう。
 

マクドナルド側としてはたまったもんじゃありません。

ビッグマックは売れば売るほど損するメニューになってしまいました。
だから、ビッグマック単品は隠しメニューみたいな状態になっているそうです。

でも、メニュー一覧に書く事が義務づけられているのでよく見るときっちり載っています。

普通だったら60ペソ以上するはずのビッグマックが衝撃の28ペソ!(闇両替レートで約280円)
他のバーガーの半額以下です!
PC162596

これを知ってからというもの、私とだいごろはアルゼンチンではちゃっかりビッグマック単品とドリンクだけを頼んでフリーWi-Fiを使うようになりました。笑
PC172600

最後は3人でブエノスアイレスで最近人気のジェラート屋さんに行きました。

アルゼンチン人はジェラートが大好き!
街中にも店がたくさんあるし、結構高いのにお客さんもたくさん入っています。
PC160653

おいしかったー!!

丸々半日かけて案内してくれたニコラス。ありがとう!
PC160656
 

パブロと喋り倒した三日間。

ニコラスと別れた後は、カウチサーフィンで泊めてくれる事が決まったパブロの家へ向かいます。

パブロはすごく賢くて常にテキパキ。

一緒にスーパーに買い物に行ったけど、スマホにメモされたものを半分駆け足でパパパッと集めてきて、一瞬で買い物が終わってしまいました。

だいごろはテキパキしている方なので「気が合いそう」って言ってるけど、いつものろのろ買い物してしまう私はちょっと緊張気味。

アルゼンチンでは英語が喋れる人が少ないのに彼は英語がめちゃくちゃ流暢だし、なんか仕事ができる人って感じ。
PC160679

パブロはアルゼンチンの名門大学卒で、日本でも有名なコンサル会社の人事部に勤めています。
今は一週間の内半分が在宅、半分をオフィスで働く生活。

ヨーロッパやアメリカではそういう働き方があることを知っていたけど、アルゼンチンでもそんな柔軟な働き方ができるなんて知らなかった。

将来的にはずっと在宅で場所を選ばずに仕事をしたいと言っていました。
 

ちなみにパブロは話す時もマシンガントーク。
アメリカで暮らしていたのでスペイン語も英語もマシンガン。

パブロの家に滞在していた3日間はめちゃくちゃ英語しゃべったなぁ。

あと一週間ぐらいいたらすぐにペラペラになりそうでした。笑
 


さて、買い物が終わってパブロの家に行ってまず驚いたのが、バスタブでふよふよしていた彼。

トイレに行った時に突然いたのでビックリ!!
PC160667

この子はパブロの愛亀で名前はツチ。
スペイン語の臆病者っていう言葉から来ているそうです。

そして、パブロはツチをなんと自分が7歳のときからずっと飼ってて、26年間連れ添っているんだとか!

「俺の人生でダントツで一番長く生活を共にしている相方だよ。」とパブロ。
 

このツチが可愛かったー!!

亀のことを可愛いって思ったことなんて一度もなかったけど、彼はほんとに可愛い!

気付いたらパブロの足元にいたり、パブロの後をこっそり着けていたり、私の匂いを嗅いで緊張していたり、最初は可愛いなんて思わなかったのにだんだん可愛く思えるから不思議!

ほら、だいごろにもちょっとずつ懐いてきた!
PC160693
 


夜はパブロから「日本食が食べたい!」というリクエストがあったので二人で作る事に。

パブロのキッチンにはなんとだしの素がありました!
シェフの友達が置いて行ったんだって。
PC160666

そのだしの素をつかって肉じゃがを作ったり、牛丼的なものを作ったりしました。

いただきます!
PC160670

パブロはお箸の使い方が上手!
南米の米はパサパサなので、私たちはめんどくさいからお箸を使わずにスプーンで食べてたけど、パブロはずっとお箸で食べていました。負けた!笑
PC170712

この時パブロに教えてもらったアルゼンチンの方言「ケデ・ピポン(Quede pipon)!」

「もうおなか一杯!!」という意味なんだけど、これを覚えていたおかげでこの後の旅で役立ちました。
 


夕食の後は、私たちが日本食を振る舞った代わりにパブロもアルゼンチンでお気に入りの食べ物をたくさん紹介してくれました。

「おれは子供だから、子供の食べ物が好きなんだ!」
と言って嬉しそうに出してくるチョコやグミ。

子供みたいな味が好きなだいごろと相性がピッタリだったので、パブロもどんどんヒートアップ。

「これは絶対 “Dai (だいごろのイングリッシュネーム)” も気に入ると思う!食べてみて!」

と言って出して来たのが ”Shimmy” というプリンみたいな液体状のスイーツ。
 

一口食べてみると、パブロの予想が見事的中しだいごろご満悦!!ていうかパブロの方が嬉しそう!!笑
PC160677

甘党のパブロとすっかり意気投合です。笑
 

 

そしてやっぱり〆はジェラート。
パブロが電話一本で注文したらすぐに家まで配達してくれました。

届けられたジェラートはなんと一人500ml!!
写真では分かりにくいけど日本で食後に食べるなら3人ぐらいでシェアする量です。
PC170714

こんなにたくさん食べれる?!と思ったけど、アルゼンチンではみんなこの量を食べるのがスタンダードみたい。

でも味は本当に洗練されていました!特にピスタチオが入ったのが絶品でした。

ちなみに一個50ペソ(500円ぐらい)結構高かった…。
 


そしてパブロに教えてもらった凄く大切な事。

それがマテの淹れ方と飲み方。

このマテ茶が、この先の私たちのアルゼンチン旅の一つのキーになっていきます。
 

前回の投稿で紹介したウルグアイに負けず劣らず、マテをこよなく愛するアルゼンチン人。

マテの淹れ方や飲み方にも並々ならぬこだわりがあります。

アルゼンチン流 マテの淹れ方と飲み方

①カップにシェルバ(お茶っ葉)を入れてから、手のひらでカップをふさいで逆さまにし、細かい粉を取り除く。

②お湯は沸騰させては絶対にいけない!80度が目安。
マテの国アルゼンチンでは、なんとこんな電気ケトルが普及しています。
お湯の温度をマテ専用に調整するダイヤル付き!日本では見たことない!!
PC160683

③シェルバを45度に傾け、傾いた部分からお湯を注ぐ。
このとき泡がポコポコ出て来るのを確認します。

④専用のストロー兼茶こしで飲む。
PC160684

⑤お茶がなくなって「ズズッ」という音がしたら、次のお湯を注ぐ。

⑥そして、次の人にカップを回す。

⑦もうマテは要らないな、と思ったら「グラシアス(ありがとう)」と言ってカップを返す。

同じのカップとストローをぐるぐる回してシェアするのがアルゼンチン流。
一度もらったマテは最後まで飲み干します。

このマテ講座が後々のアルゼンチン旅で多大な力を発揮することになります。

英語がペラペラな彼に、アルゼンチンに欠かせないマテのマナーを教えてもらえたことに感謝!
 


パブロの家はアパートの最上階にあって、夜景が綺麗でした。
PC160704

夜景を見ながら、ドラゴンボールの話から好きなバンドの話、パブロの彼女の話まで。

他にもここでは書けない事もたくさんたくさんあって、パブロとの話は毎晩深夜遅くまで続きました。
PC160699

こんな感じだった私たちの初めてのカウチサーフィン。

宿代が浮くだけじゃなく、地元の人とたくさん話せて、文化を知れて、友達が出来て、語学が上達するなんて良いことずくめ!

もちろんこっちからもたくさん話して、日本の文化や私たちの考え方・旅の事とかを伝えたり、日本のご飯を作ったりして恩返し!

ホストもゲストもウィンウィンなカウチサーフィンはやっぱり最高でした!!

おわり

The post カウチサーフィンで知ったマクドナルドの知られざる秘密 in ブエノスアイレス first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=7828 5 7828
マテ、マテ、マテ。どこを見てもマテだらけ。マテ茶大国ウルグアイの秘密に迫る。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=7760 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=7760#comments Tue, 10 Feb 2015 05:55:07 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=7760 10~14/DEC/2014 in Montevideo and Colonia del Sacramento アフリカ大陸を後にし、私たちがヨハネスブルグから飛んできたのは南米最大の都市サンパウロ。 久々のブラジルの空 […]

The post マテ、マテ、マテ。どこを見てもマテだらけ。マテ茶大国ウルグアイの秘密に迫る。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

10~14/DEC/2014 in Montevideo and Colonia del Sacramento

アフリカ大陸を後にし、私たちがヨハネスブルグから飛んできたのは南米最大の都市サンパウロ。

久々のブラジルの空気が懐かしい。

やっぱり南米は人が優しい。店員さんも宿の人も街行く人もみんな愛想がいい。
ナミビアとは全然違う温かい対応に心がじーんとしました。

サンパウロには南米旅のスケジュールを立てるために数日間過ごしましたが、ここにはまたアフリカへ飛ぶ時に戻って来るので後日詳しく書こうと思います◎
PC092709
 

この旅2度目の南米大陸。サンパウロからモンテビデオへの大移動。

さて、サンパウロで頭を悩ませながら計画を立て、私たちの最初の訪問国に決まったのはウルグアイ!

サンパウロの綺麗過ぎるバスターミナルから出発です!
PC102721

サンパウロからモンテビデオへは50時間の大移動。
トゥバランとポルトアレグレという2つの街でバスを乗り換えて、合計3本のバスを乗り継ぎます。
 

アフリカとは全然違う綺麗なバス。
特にブラジルとモンテビデオの国境を越えるバスは感動ものでした!

EGA社のバス。中にはいると車自体もこれまで南米で乗ったどのバスよりも新しくてきれい。
PC120033

各座席にテレビのボリューム調整のダイヤルがあったのは初めてだし、気が利くキャビンアテンダントがいるし、ブランケットやクッションも配られるし、座席はふわふわ、温かい食事とドリンクもついているし、トイレは飛行機みたいでちゃんと水が出るし、ちょっと遅いけどWi-Fiまで使えるという充実っぷり。

これがバスで出されたごはん。温かくてびっくり!見た目よりは美味しかったです。
PC122580

アフリカのバスとのあまりのギャップに感動が止まりません!
(だいごろはギャップが凄すぎて目眩がすると言っていました。笑)
 

そしてこのバスのサービスの中で一番驚いたのは出入国手続き。

国境を越えるために夜中に起こされると思っていたのに、気づいたら朝の8時。

軽食が配られ始めて目が覚めました。

え、まだブラジル?

でも地図を確認したらとっくにウルグアイ。

まさかの代理出入国!
本人以外が手続きできる国なんて初めて!そんなんでいいのかな?笑

あとで、スタンプがきっちり押されたパスポートが返却されました。
PC120054
 

でも、そんな南米のバスも油断大敵。
乗り継ぎのために5時間ぐらい余裕を持ってチケットを買っていたのに、バスが遅れに遅れ無事乗り継げるかどうかひやひやしました。

危うく二人で350USドルをドブに捨てるところでした。
何とか間に合ってよかった…。
 

牛肉の国ウルグアイの首都はこんなところ!

サンパウロからの大移動を終え、モンテビデオに到着しました。

美しくて落ち着いた街並。
PC130180

治安もすごく良さそうです。
PC130205

そんなモンテビデオの街はクリスマスシーズン。
PC120069

ツリーにぶら下がっているのは…

牛です!!笑
PC120068 2

そう言えば、バスの車窓からも放牧されてる牛がたくさん見えていました。
PC120018

肉を運んでいる人もたくさん見かけました。
PC132582
 

そう。実はウルグアイは牛肉の国。
 

「アサド(肉の炭火焼)を食べないとウルグアイに来たことにならないよ!」

と宿のお父さんに言われたので、早速アサドを食べに行ってみました。
 

街の市場へ行くと、市場というよりはアサドレストランの集まりでした。
PC140375 copy

じゅーじゅー!
PC140369

ここで食べると一人2000円ぐらいはしちゃうので、市場から少し離れた所にあるレストランでアサドとチョリソー(太いウインナーみたいなやつ)とビールを注文。
PC140348

美味しそう!

そして一口食べた後のだいごろの表情がこれ!笑
PC140354

めちゃくちゃ美味しいー!!
柔らかくて香ばしいお肉!

こんな美味しい肉を食べたのはいつぶりだろう?!感動!!

おこぼれをもらった猫も満足そうに寝ていました。笑
PC140380
 

マテマテマテ。どこを見渡してもマテ茶だらけ!マテを愛して止まないウルグアイの人々。

そしてウルグアイの街を歩くとビックリするほどよく目にするのがこの光景。

カップにストローみたいなのをさして、何かを飲んでいる人々。
PC130196

なにやらお湯を入れて飲んでいるようです。
PC130217

街ですれ違う人々も、老若男女問わずみんな小さなカップと水筒を抱えています。
PC140443

それだけで両手が塞がるからどう考えても邪魔なのに、みんな持っています!
PC140445

一体これは何!??

最初はなんのこっちゃ分かりませんでしたが、実はこれがウルグアイの人たちのソウルドリンク、マテ茶です。
PC140446

街の露店にもこの通り。
マテ茶用品がずらりと並びます。
PC130188

このストローみたいなのが、スプーンとストローと茶こしを兼ねた道具になっていて、これを吸って飲みます。
PC130191

マテ茶はビタミンや食物繊維が豊富に含まれていて、ウルグアイの人々は健康に良いし美味しいからと毎日欠かさず飲んでいるそうです。
PC130232

壁に絵を描いていた路上アーティストの作業のお供にも、
PC130220

マテ茶が置いてありました!
PC130221

”作品一つ書くのにどれくらいかかるの?”

と聞くと、「1時間もあれば余裕さ!」と言っていたので数時間後に戻って来ると、ほんとに完成していました!

これもマテ茶の力!?
PC130251
 

でもいくら健康に良いからって、わざわざマテセットを抱えて歩くのはめんどくさそうだなぁと思っていました。

両手が塞がって歩きにくいし、1リットルぐらいしかお湯が入らないから飲み終わったら邪魔だし…。

二人とも驚きながら街ゆく人々を眺め、理解に苦しんでいました。
 

でもこの1ヶ月後のだいごろがこれ。

マテ茶ボトル持って歩いてる〜!!笑
P1142660

もちろん私も毎日マテ茶を持ち歩く日々。

ウルグアイとアルゼンチンを旅しているうちに、二人とも完全にマテ茶文化に染まってしまいました。笑

そんな恐ろしいほどのマテ茶の魅力。

なんで私たちがこんな風になってしまったのかは今後のブログでじわじわと明らかになりますのでお楽しみに!笑
 

モンテビデオの宿で卓球大会

私たちが滞在していたモンテビデオの宿には卓球台があって、夜にはみんなで遅くまで遊んでいました。

遊び相手は宿の娘さんのルシアとアグスティナ。

人懐っこい二人と毎日卓球バトル。
卓球に真剣な姿が可愛らしいです。
PC140412

卓球をしていた時にお母さんが買ってきたクリスマスツリーにご機嫌のアグスティナ。
今日から飾り付けが始まります。
PC140430

他にも近所のおじさんとかが卓球をしに来ていて、みんなスペイン語しか話せないけどとってもフレンドリー。

私たちも世界旅行の最初の3ヶ月で覚えたスペイン語の単語や、辞書を駆使してたくさんお話しました。
PC140420

私たちが卓球している最中も、周りの大人たちはみんなマテを飲んでいたので、”私たちもマテ茶を飲んでみたい!”、というと宿泊客のルーカスがマテを淹れてくれました。
PC140389

飲んでみるとめちゃくちゃ濃くて苦い!!でもめちゃ美味しい!
濃い目の緑茶みたいな感じです。
PC140419

マテ茶は私たちが次に向かうアルゼンチンや、ルーカスの出身地のパラグアイでもたくさん飲まれているそうです。

しかも、パラグアイでは”テレレ”と呼ばれる冷たいマテ茶が主流だそうで、それもすごく楽しみです♪♪

 

ウルグアイの国会議事堂へ

宿で卓球をしている時に「モンテビデオは国会議事堂が綺麗!」と聞いたので、散歩がてら行ってみました。
PC130153

中に入ると、色とりどりの大理石!!
全てウルグアイ産だそうです。
PC130093

32種類もの大理石を使い分けているんだそう。すごく綺麗です。
PC130096

建物はイタリアの建築家が設計したもので、ステンドグラスはイタリア産。

そんな美しい建物の中で、様々な議論が繰り広げられてます。
PC130131

これは図書館。
公共の図書館で、登録すれば誰でも本を借りることができるそうです。
PC130123
 

ちなみに、ウルグアイの大統領のムヒカ氏が凄く変わり者で素晴らしい方なので、気になる方は調べてみて下さい。

特にリオ会議でのスピーチは必見です!

会議の日本語訳を転載しておきますので是非読んでみて下さい。

ムヒカ大統領のリオ会議スピーチ: (訳:打村明)

————————————————————————————————————————

会場にお越しの政府や代表のみなさま、ありがとうございます。

ここに招待いただいたブラジルとディルマ・ルセフ大統領に感謝いたします。私の前に、ここに立って演説した快きプレゼンテーターのみなさまにも感謝いたします。国を代表する者同士、人類が必要であろう国同士の決議を議決しなければならない素直な志をここで表現しているのだと思います。

しかし、頭の中にある厳しい疑問を声に出させてください。午後からずっと話されていたことは持続可能な発展と世界の貧困をなくすことでした。私たちの本音は何なのでしょうか?現在の裕福な国々の発展と消費モデルを真似することでしょうか?

質問をさせてください:ドイツ人が一世帯で持つ車と同じ数の車をインド人が持てばこの惑星はどうなるのでしょうか。

息するための酸素がどれくらい残るのでしょうか。同じ質問を別の言い方ですると、西洋の富裕社会が持つ同じ傲慢な消費を世界の70億〜80億人の人ができるほどの原料がこの地球にあるのでしょうか?可能ですか?それとも別の議論をしなければならないのでしょうか?

なぜ私たちはこのような社会を作ってしまったのですか?

マーケットエコノミーの子供、資本主義の子供たち、即ち私たちが間違いなくこの無限の消費と発展を求める社会を作って来たのです。マーケット経済がマーケット社会を造り、このグローバリゼーションが世界のあちこちまで原料を探し求める社会にしたのではないでしょうか。

私たちがグローバリゼーションをコントロールしていますか?あるいはグローバリゼーションが私たちをコントロールしているのではないでしょうか?

このような残酷な競争で成り立つ消費主義社会で「みんなの世界を良くしていこう」というような共存共栄な議論はできるのでしょうか?どこまでが仲間でどこからがライバルなのですか?

このようなことを言うのはこのイベントの重要性を批判するためのものではありません。その逆です。我々の前に立つ巨大な危機問題は環境危機ではありません、政治的な危機問題なのです。

現代に至っては、人類が作ったこの大きな勢力をコントロールしきれていません。逆に、人類がこの消費社会にコントロールされているのです。私たちは発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命よりも高価なものは存在しません。

ハイパー消費が世界を壊しているのにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では私たちは消費をひたすら早く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化けがみんなの前に現れるのです。

このハイパー消費を続けるためには商品の寿命を縮め、できるだけ多く売らなければなりません。ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです!そんな長く持つ電球はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。これはまぎれも無く政治問題ですし、この問題を別の解決の道に私たち首脳は世界を導かなければなりません。

石器時代に戻れとは言っていません。マーケットをまたコントロールしなければならないと言っているのです。私の謙虚な考え方では、これは政治問題です。

昔の賢明な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています

「貧乏なひととは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」

これはこの議論にとって文化的なキーポイントだと思います。

国の代表者としてリオ会議の決議や会合にそういう気持ちで参加しています。私のスピーチの中には耳が痛くなるような言葉がけっこうあると思いますが、みなさんには水源危機と環境危機が問題源でないことを分かってほしいのです。

根本的な問題は私たちが実行した社会モデルなのです。そして、改めて見直さなければならないのは私たちの生活スタイルだということ。

私は環境資源に恵まれている小さな国の代表です。私の国には300万人ほどの国民しかいません。でも、世界でもっとも美味しい1300万頭の牛が私の国にはあります。ヤギも800万から1000万頭ほどいます。私の国は食べ物の輸出国です。こんな小さい国なのに領土の90%が資源豊富なのです。

私の同志である労働者たちは、8時間労働を成立させるために戦いました。そして今では、6時間労働を獲得した人もいます。しかしながら、6時間労働になった人たちは別の仕事もしており、結局は以前よりも長時間働いています。なぜか?バイク、車、などのリポ払いやローンを支払わないといけないのです。毎月2倍働き、ローンを払って行ったら、いつの間にか私のような老人になっているのです。私と同じく、幸福な人生が目の前を一瞬で過ぎてしまいます。

そして自分にこんな質問を投げかけます:これが人類の運命なのか?私の言っていることはとてもシンプルなものですよ:発展は幸福を阻害するものであってはいけないのです。発展は人類に幸福をもたらすものでなくてはなりません。愛情や人間関係、子どもを育てること、友達を持つこと、そして必要最低限のものを持つこと。これらをもたらすべきなのです。

幸福が私たちのもっとも大切なものだからです。環境のために戦うのであれば、人類の幸福こそが環境の一番大切な要素であるということを覚えておかなくてはなりません。

ありがとうございました。

引用元

 

第1回ワールドカップが開催されたスタジアムへ!

さて、話は変わってサッカーの話題。

モンテビデオにある”センテナリオ・スタジアム”は第1回サッカーワールドカップが開催された場所。

ウルグアイは第一回サッカーワールドカップの優勝国でもあります。

そんなサッカーファンの聖地とも言えるこの場所に、サッカー大好きのだいごろに連れられて行って来ました。
PC130268

これがそのスタジアムです。
PC130272

残念ながら今はオフシーズンで試合はしていませんでしたが、だいごろはここに来れただけでこんなに嬉しそうです。笑
PC130288

このスタジアム。年期が入っているだけにかなりボロいですが今でも使われているそうです。

ベンチもぼろぼろで壊れているし、ブラジルでワールドカップを見た最新のスタジアムとはえらい違いです。
 

でも、初代ワールドカップを思い浮かべてだいごろはずっと感慨深そうでした。
PC130300
 

おしゃれな街、コロニア・デル・サクラメント

ウルグアイ滞在中にはこんなところにも行ってきました。
PC150456

コロニア・デル・サクラメントというこぢんまりとした可愛い街。
PC150463

レトロな車と建築。
PC150485

街のシンボルの灯台。
PC150518

この街はかつてポルトガルとスペインが領土争いを繰り返した結果、両国の文化が残った場所。

ユネスコの世界遺産にも登録されていますが、観光客が少なかったのでゆったりとした時間を過ごす事ができました。
 

ラプラタ川を渡ってブエノスアイレスへ

コロニア・デル・サクラメントとブエノスアイレスの間にはラプラタ川が流れていて、二つの都市の間は船でたったの1時間。

数日間という短いウルグアイ滞在でしたが、ここコロニア・デル・サクラメントから、次の目的地ブエノスアイレスへ向かいます。

フェリーのチケットは窓口で買うと1300ペソ(約6500円)と言われたけど、ネットで買うと617ペソ(約3100円)。
ネット上には今日のチケットは完売と表示されていたけど、何回か粘っているうちに奇跡的に買うことができました。
 

出入国手続きはフェリーターミナル内で。
ここ一カ所でウルグアイの出国とアルゼンチンの入国がまとめて出来るようになっていて楽チンです。

船に乗り込むと免税店がありました。
PC150541

そしてフェリーに乗り込んでうたた寝していると、高層ビル群が建ち並ぶブエノスアイレスの街並が見えてきました。
PC150546

という事で、次回からは1ヶ月以上に及ぶ、笑いあり・涙ありの怒濤のアルゼンチン編です!お楽しみに!


今日も最後まで読んでくれてありがとうございます!
「今日も読んだよ!」のワンクリックよろしくお願いします!!
↓↓↓↓↓↓
↓↓↓↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 世界一周へ
にほんブログ村

〜移動情報1〜
サンパウロ(São Paulo)からモンテビデオ(Montevideo)まで
移動日:2014/12/10〜2014/12/12

1.サンパウロからトゥバラン Tubarão へ
発車時刻:20:00
所要時間:14時間
バス会社:Eucatur社

2.トゥバランからポルトアレグレまで
発車時刻:9:40, 12:35, 他は忘れましたが一日4本ほどありました。
所要時間:7時間
バス会社:Eucatur社
運賃:160レアル(1+2合わせた値段)
メモ:
同社はサンパウロからポルトアレグレまで直通バスも出している。直通に乗ると一人180レアル。

3.ポルトアレグレからモンテビデオまで
発車時刻:22:00
所要時間:12時間
バス会社:Ega社
運賃:177.7レアル
メモ:
食事付きです。

〜移動情報2〜
モンテビデオ(Montevideo)からコロニア・デル・サクラメント(Colonia del Sacrament)へ
移動日:2014/12/14
バス会社:COT社
運賃:294ウルグアイペソ
発車時刻:1時間おきぐらい。一日10本ぐらい
所要時間:2時間半

The post マテ、マテ、マテ。どこを見てもマテだらけ。マテ茶大国ウルグアイの秘密に迫る。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=7760 7 7760
隣人を殺そう。聖なる場所で繰り返された大量虐殺。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6619 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6619#comments Fri, 16 Jan 2015 20:00:26 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=6619 24/OCT/2014 in Ntarama & Nyamata ルワンダ各地に残るジェノサイドの傷跡。 今日訪れるのはどちらも虐殺のときに教会として使われていた場所です。 まずはキガリからニャマタへ向かうバス […]

The post 隣人を殺そう。聖なる場所で繰り返された大量虐殺。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

24/OCT/2014 in Ntarama & Nyamata

ルワンダ各地に残るジェノサイドの傷跡。

今日訪れるのはどちらも虐殺のときに教会として使われていた場所です。

まずはキガリからニャマタへ向かうバスを途中で降り、そこから自転車タクシーに乗ってこの近くにある二つの教会を目指します。
PA241563

でもこの自転車タクシーがめちゃくちゃ怖かった…。

自転車を漕ぐ度に右に左に車体が揺れるし、田舎道ではボコボコの道でスリップしそうになるし、大きな道路にでると大型トラックがすれすれですれ違って行くし、終止冷や汗が止まらない。

だいごろは私よりも体重が重いのに漕いでくれたのが子供だったから、左右の振れが多きくてかなり大変だったみたいです。

みんな優雅に乗ってるんだけどなぁ。。笑
PA241887copy
 

のどかな風景が続く田舎道。
PA241876

たくさんのバナナを運ぶ男性。ルワンダの人々の主食です。
PA241891

マンゴーをとる子供たち。
私にも分けてくれたけど、熟れてなくてちょっと苦かった。。
PA241874

そんな穏やかな村で悲劇が起こった場所はなんと教会。
PA241543

このレンガ造りの小さな建物がその”ンタラマ教会(Ntarama Church)”です。
PA241552
 


キリスト教徒が多いルワンダ。

フツ族が自分たちを殺しに来ることを恐れた多くのツチ族は教会に逃げ込みました。
 

教会は神様に一番近い場所。

教会に行けば、神様が守ってくれる。

フツ族も神様の目の前で自分たちを殺す事はできないはずだ。
PA241921

でも現実は違いました。

教会に逃げ込んだおよそ5千人。

その全てが殺されてしまいました。

 


撮影禁止なので写真はありませんが、教会の中にはたくさんの遺骨と衣類が残されていました。
PA241911

ずらりと並んだ頭蓋骨をよく見てみると、残虐な殺され方をしているのが見て取れます。

マチェーテ(ナタ)で割られていたり、銃弾の跡が残っていたり、槍で刺された跡が残っていたり。
PA241549 copy

子供たちは振り回され壁に頭を打ち付けられて死に、女性たちは複数の男性にレイプされた後に2mほどもある長い棒を恥部から肩まで突き通されて死んだそうです。

壁には子供たちの頭が叩き付けられた血の跡が今でも残っていました。

教会の中には生き残れると信じて子供たちが持ち込んだ教科書が置かれていましたが、その教科書が使われる事は二度とありません。
 


 

そしてもう一つの教会は先ほどのンタラマ教会から自転車で30分ほどのところのニャマタという村にあります。
PA241582 copy

教会の入口の鉄格子のドアと床には手榴弾で破壊された跡。
PA241575

このニャマタ教会(Nyamata Church)にはおよそ一万人のツチ族の人々が避難していましたが、フツ族の持つ強力な武器を前になす術無く次々に殺されてしまったそうです。

また、虐殺が行われるまでの短期間にこれだけの武器を一般人だけで用意するのは現実的には不可能。

ルワンダ政府が大量の武器をフツ族へ供給していたのです。

そして、ルワンダ与党幹部数名は終身刑の有罪判決を受けています。
 


 

教会内部は撮影禁止なので写真はありませんが、教会の椅子の上には大量の衣類が残されていました。

虐殺直後は足の踏み場もないぐらいの遺体で埋め尽くされていたそうです。

この教会に1万人もの人々が避難していたというだけでも信じられないのに、一人残らず皆殺しにされてしまったなんて…。
 

この教会の中には小さなマリア様の像があり、今は抜け殻となってしまったたくさんの衣類を見つめていました。

このマリア様の力を以てしても、ツチ族の人たちを守る事はできなかった。

マリア様の像も虐殺のときに傷を負っていて、その表情は悲しみに満ちているように見えました。
 


 

ところで、ツチ族とフツ族の違いって何だと思いますか?

諸説ありますが、この教会のガイドによると昔は牛の数で決められていたそうです。

牛を10匹以上所有している人はツチ族、10匹未満の人がフツ族。

牛が10匹よりも増えればフツ族はツチ族になり、逆に牛の数が減ればツチ族がフツ族になる事もあったそうです。

だから民族の区別は曖昧だった。
 

でもベルギー人がルワンダを植民地化したとき、ツチ族とフツ族をきっちり区別し、それを利用して国を治めることを考えたそうです。

「中程度の背丈とずんぐりした体系を持ち肌の色が比較的濃い者」をフツ族、「痩せ型で鼻の高く長身で肌の色が比較的薄い者」ツチ族と決めつけました。

そして身分証明書を作って民族意識を高め、「優秀な」ツチ族に国を治めさせ、税金や教育面で優遇するようになります。

これって本当に酷いやり方だと思います。

フツ族が反感を抱くのも当然のこと。

そして民族は対立するようになり、大虐殺が起こった1996年よりも遥か昔、1950年代からツチ族への差別や虐殺は始まっていたそうです。
 


教会の横にあったのは一人の女性のお墓。
PA241576

1994年の大虐殺が起こるより前の1992年。

同じようにツチ族が虐殺に会いそうになって教会に避難したそうです。

そのとき彼らを守ったのがイタリア人の”Antonia Locatelli”という女性。

自らを犠牲にして多くのツチ族を保護したそうです。

ツチ族の人たちはそのことを知っていて、もう彼女はいないけどこの教会に行けば神様が守ってくれると考え、1994年の虐殺のときにもみんなこの教会に逃げ込んだそうです。

でも、もう彼らを守ってくれる人は誰もいませんでした。
 


 

教会の裏庭には共同墓地がありました。

「中に入ってみてください。」

ガイドが開けたドアの先にあったのは地下へと続く階段。

物々しい空気を感じながら薄暗い墓地の中に入ります。
PA241578

階段を降り切った所でようやく目が慣れてきて、そこがおびただしい数の遺骨で埋め尽くされていることに気付きました。

「この墓地には、5万人もの人たちが眠っているんだ。」

それはまるで映画のワンシーンのような、私たちにとってはあまりにも現実離れした光景でした。

これまでたくさんの虐殺の現場を目にしてきましたが、未だにうまく頭が現実を受け止めてくれません。

そして虐殺から20年経った今もなお、新しい遺骨が見つけられてここに持ち込まれることがあるそうです。
 

「これだけの証拠があっても、この虐殺が起こったということをまだ認めていない人も世界にはいるんだ。」

「この悲しい現実を受け止めて、あなたたちの国の人々にも知らせて欲しい。」

ガイドの男性は真っすぐな目で私たちにそう訴えました。
 


“Never again”

もう二度と起こってはいけない。

ルワンダを旅していて何度も目にした言葉。

虐殺が起こった現場には必ずこのメッセージが残されていたし、私自身も訪問者ノートに書いた言葉。
 

でも、起こるよ。

絶対起こる。

だからその言葉を見る度に胸が痛んだ。

今だって世界のあちこちで起こってる。

虐殺とは言わないかもしれないけど、日々戦い殺し合ってる人たちがいる。

この先も資源や食料が尽きたら、人は人を殺して力づくでそれらを奪う。

太古の昔からそうやって部族同士が殺し合いをして領土を広げてきたし、今になっても何も変わらない。
 

ツチ族とフツ族の緊迫感が生まれたきっかけも生活難からだった。

肥沃な土地を持つ国ルワンダ。

でも虐殺の前にはアフリカで最も人口密度の高い国となり、農国民の6人に1人が飢えに苦しむ状況となった。

生活が苦しくなり、一部のフツ族はツチ族さえいなくなれば自分たちの生活が向上すると考えるようになった。

そしてメディアを利用してその考えを煽った。

そういう感覚をみんなに植え付け、虐殺の計画を入念に練った。

民兵を組織し、武器を大量に準備し、密かにツチ族をリストアップした。

キガリ市内のツチ族を20分に1000人ずつ殺害する計画を立てたのは、虐殺が起こる3ヶ月も前のこと。
 

そして大虐殺が起こってしまった。

識字率の低い国民にとって唯一の情報を得る手段だったラジオ。

それを使う事によってあっという間に国民は洗脳された。
 

誰だって死ぬのが怖い。

他人が死ぬよりも、自分が死ぬ方が怖い。

「こいつを殺すか、自分が殺されるか選べ」と言われて、後者を選べる人なんてほんの僅か。

そして、隣人は隣人を殺した。
 


 

お互いをよく知っていれば紛争は起こらない。

そう思ってた。

でも、ツチ族とフツ族は小さな国ルワンダで一緒に暮らしていた。

近所に違う民族が暮らすことも当たり前だった。

お互いのことはよく知っていたはず。

それでも、虐殺は起こってしまった。

大衆心理を利用し、周到に準備された策略によって。
 

今の世界とこれまでの歴史を見渡してみると、それは私自身の身にも十分に起こり得る事だと思う。

そしてなぜ虐殺が起こってしまうのか、それは今回の旅を通して何となく分かってきた。

でもどうすれば虐殺を防げるんだろう?

ルワンダを出てからもずっと考えてきたけど、私には難しくて全然わからない。

でも一つ気づいたのは、ラジオしかなかった当時のルワンダとは違って今は情報を得る手段が多様化しているという事。

いろんな角度から情報を集めて真実を見極めることができれば、行き過ぎた考えを抑制する力になるかもしれない。

だから私にできることは、自分自身が少しでも世界に目を向けて、世界の人たちと話して、世界を知ること。

それぐらいしか思いつかないけど、心に留めて続けて行こうと思う。

The post 隣人を殺そう。聖なる場所で繰り返された大量虐殺。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=6619 3 6619
2007年明けましておめでとうございます!エチオピア新年はこんな感じです。 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=5359 https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=5359#respond Sat, 22 Nov 2014 20:00:12 +0000 http://amonkeybb.sakura.ne.jp/?p=5359 11/SEP/2014 in Mekele エチオピアの一ヶ月は1月から12月までずっと30日間。 だから1月31日はないし、2月30日がある。 そうするといちいち何月だから○日まで、とか考えなくて済むから簡単だよね! […]

The post 2007年明けましておめでとうございます!エチオピア新年はこんな感じです。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>

11/SEP/2014 in Mekele

エチオピアの一ヶ月は1月から12月までずっと30日間。
だから1月31日はないし、2月30日がある。

そうするといちいち何月だから○日まで、とか考えなくて済むから簡単だよね!
そもそも、なんで世界基準では月によって日数が違うのか意味不明だし。

でもそうすると12ヶ月×30日=360日で、一年にするには5日足りない。

そこでエチオピア人は考えた。
13月を作っちゃえばいいじゃん!
そして、13月という5日間だけの短い月ができた。

注)上記は、私の勝手な推測です。笑
 

短い13月が終わると新年が明ける、というのがエチオピア暦。

という事で、今日2014年9月11日は、エチオピア歴の2007年1月1日。
ニューイヤーズデイです!

ただでさえ興味深い文化を持っているエチオピアだから、新年もきっと何かあるに違いない!

そう考えた私たちは、朝早くから外に出かけてみました。
 


まずは早朝。
朝の3時半ごろ。
ホテルで寝ていると、どこからともなくお経のような、イスラム教のアザーンのような声が聞こえてきました。
窓を開けて外の様子を伺ってみると、どうやら教会のスピーカーからお祈りの声が街全体に向けて流されているようです。

音が大きすぎてなかなか寝付けない。

ちょっと話は逸れるけど、エチオピア正教はキリスト教の系列だけどすごくイスラム教の影響を受けてる。
アザーンみたいなお祈りがスピーカーから聞こえるし、教会に入るときにムスリムと同じように跪いて挨拶する。
さらに、教会に入るときはストールで頭を隠す。
本人たちは気付いていないんだろうけど、旅人の私たちからするととっても興味深い。
 

山あいにある家々からはもくもくと煙が。
DSC_0005 7

そう言えば昨晩、道端で売っている草を買って帰る人をたくさん見かけました。
P9110729

聞いてみると、「新年の明日に家で燃やすんだ」との事。
DSC_0005 5
もしかすると、あれが今まさに燃やされているのかもしれません。
 

空が明るくなってくると、教会へ向かって歩く人がちらほら見えはじめました。
P9110027

村人と一緒に歩いて行くと、こじんまりとした可愛らしい教会にたどり着きました。
DSC_0005 7

初詣ですね。
DSC_0005 8
 


そして朝6時ごろ、エチオピア正教の衣装に身を包んだ人たちが教会へ向けてパレードをはじめました。
DSC_0007

DSC_0006

DSC_0016

DSC_0030

傘をさしているのがエチオピア正教っぽいですね。
DSC_0017

DSC_0026

行進はその後も街を練り歩き、最後は教会へと入っていきました。
 


そろそろお腹が空いてきたのでカフェで朝食。
新年だからなのか、いつもは入り口だけだった青草を店の床一面に敷き詰める店員さん。
P9110765

そして、カウンターに並ぶのは色とりどりのニューイヤーケーキ。
P9110768

2007年おめでとうー!
こんなまずそうなケーキが飛ぶように売れていました。笑
P9110766

バスステーションの前の通りでは、エチオピアンミュージックにのって踊る若者たち。小さい子供もノリノリです。


 


朝食の後いつものようにSetiホテルにネットをしに行くと、「今日はニューイヤーだから」と伝統衣装をきた店員さんがポップコーンとバナナとコーヒーの無料サービス
DSC_0005 9
 

その後、SetiホテルのWi-Fiの調子が悪くなって来たので、ヨハネスホテルへ移動。

途中の通りで、ハッピーニューイヤーのポスターを売っていました。
DSC_0005

いつもは何もないヨハネスホテルの入口にも大量の青草が。
DSC_0005 10

店員さんも伝統衣装でおめかし。よく似合う!!
なるほど、年末だから美容院も大賑わいだったのか。
P9110794

賑やかな音楽が聞こえて来たので見に行ってみると、伝統衣装に正装した地元の人たちがみんなでダンスをしていました。
DSC_0005 12

「あなたも一緒に踊りましょう」と言って誘われたのできっこも乱入。笑

エチオピア人の適当な踊りに合わせて適当に踊る。
DSC_0005 11

全然みんなと同じように踊れていないけど、楽しいから良し!
エチオピア人は一緒に踊ると喜んでくれました。


 


その後、散歩をしに通りへ出るとおめかしした人がたくさん。
P9110839

素敵なドレス。おめかしすると嬉しいよね!
P9110838

P9110835

家族みんなおめかし。
お父さんは写真喜んで撮らせてくれたけど、お母さんは嫌そうにしてました。
お母さんのウルトラの母ヘアー、すごいでしょ!!
P9110833

子供たちはトゥクトゥクの上に乗って大喜び。
エチオピアのたすきをかけた男の子もたくさんいました。
DSC_0005 14
エチオピア人は自分の国が大好き。
エチオピアユニフォーム、エチオピアたすき、エチオピアブレスレットを身につけている人が本当にたくさんいるし、エチオピアカラーの家も多い。
 


おめかしをした人たちはみんな同じ方向に歩いていたので着いて行ってみると、街にあるショッピングセンターや写真屋さんへ入って行きました。
DSC_0005 13

街の市場や商店はほとんどがお休み。
その代わりに、レストランや写真屋さん、そして伝統衣装の服屋さんが大繁盛していました。
P9110730

DSC_0005 4
 

こんな感じで新年ムードが漂うメケレの街歩き。

”さすがエチオピアだけあって面白い事ばっかりだね”と言いながら二人で歩いていると、歩道に何か変なものが落ちていてつまづきかけました。
 

?!
DSC_0005 6

こ、これは。。。
 

そう。

この時は夢にも思わなかったのですが、それは恐ろしい惨劇への序章だったのです。
 

つづく。。
 

▶︎次回:【グロ注意】街から羊が消えた日。

The post 2007年明けましておめでとうございます!エチオピア新年はこんな感じです。 first appeared on 世界ぽろり旅.

]]>
https://amonkeybb.sakura.ne.jp/?feed=rss2&p=5359 0 5359